2009年06月14日
「伏見桃片伊万里」15
(もう大丈夫だ)
(半日は、眠るだろう)
安堵の笑みを交わした。
「本当に、お世話さんで」
「いや、あなた方がいなけりゃ、二階の馬鹿は間違いなくあの世に行ってた、なあ圭吾」
「ああ、命の恩人ってわけだ」
(かなりこぼしたからなあ)
(だから助かったんだ)
「あの」母親が遠慮がちに言った。「お二人とも、一睡もなさってまへん。横になりはったら」
「そうだな、そう、させてもらおうか」
「ああ」
仕舞屋の二軒先の豆腐屋は、毎朝塾の辺りまで売り歩く。折り良く天秤棒を担いで通りかかったところを呼び止め、伝言を頼んだ。
(隼人が急病で、今日三人とも塾を休む)
師は、これで多分事情を察する筈だった。
実際、欲も得もなかった。寒さも感じない。掻巻だけを被って、隼人を挟み、倒れこむように横になる。すぐに、深い眠りに落ちた。
目覚めたのは、夕刻だった。
どこにも、いなかった。
階下には娘を寝かせていた布団が畳まれていた。次の休みに纏めてやろうと溜め込んでいた大量の洗濯物も、昨日の騒ぎの汚れ物も、洗われ、干され、布団の傍らにきちんと畳まれている。
(半日は、眠るだろう)
安堵の笑みを交わした。
「本当に、お世話さんで」
「いや、あなた方がいなけりゃ、二階の馬鹿は間違いなくあの世に行ってた、なあ圭吾」
「ああ、命の恩人ってわけだ」
(かなりこぼしたからなあ)
(だから助かったんだ)
「あの」母親が遠慮がちに言った。「お二人とも、一睡もなさってまへん。横になりはったら」
「そうだな、そう、させてもらおうか」
「ああ」
仕舞屋の二軒先の豆腐屋は、毎朝塾の辺りまで売り歩く。折り良く天秤棒を担いで通りかかったところを呼び止め、伝言を頼んだ。
(隼人が急病で、今日三人とも塾を休む)
師は、これで多分事情を察する筈だった。
実際、欲も得もなかった。寒さも感じない。掻巻だけを被って、隼人を挟み、倒れこむように横になる。すぐに、深い眠りに落ちた。
目覚めたのは、夕刻だった。
どこにも、いなかった。
階下には娘を寝かせていた布団が畳まれていた。次の休みに纏めてやろうと溜め込んでいた大量の洗濯物も、昨日の騒ぎの汚れ物も、洗われ、干され、布団の傍らにきちんと畳まれている。
Posted by 渋柿 at 16:56 | Comments(2)
2009年06月14日
「伏見桃片伊万里」14
階下では、母親が飯を櫃に移していた。
「おはようさんどす。勝手なことさしてもらいまして」
「いや、助かった」
「性も根も尽き果てて・・」
「これから飯を炊くのかとうんざりしておったところだ」
二人ともまだ二十歳を過ぎたばかりの歳である。嬉しさがここは正直に声に出るのは致し方ない。
「あの、普段使ってはる器は?」
「そこに伏せてあるはずだが」
「これが―」絶句している。
(しまった)
普段に使っているのは、肥前伊万里の染付である。京大阪では、冠婚葬祭、ハレの日のみに使うような高級な品にちがいない。
「これを、普段に使ってはったんどすか」
「私は、その、実は伊万里の出なのだよ」
「そうどしたか」
母親は、いささか悄然として、染付けの器に飯と汁を盛る。
(まあ、しかたない・・か)
男所帯で捨て散らかしていた青菜の、まだ食べられるところを丹念に毟った汁の実であった。梅干と出涸らしの鰹節の小皿で、圭吾は三杯、慎一郎は四杯、飯を替えた。
気がついて、慎一郎がいった。
「自分達ばかり箸をとった。すまぬ。さあ、食べなさい。飯は残っておるかな」
「へえ」
「病人が目を覚まして、欲しがるようだったら粥にしてやるとよい、梅干を添えての」
「あの―二階のお方に」
「あいつが今、もの食べられるもんか。娘さんさ。食べたくないといったら、今は無理に勧めなくともよいが。湯冷ましなり、水気は十分に与えたがよいな」
喘息発作の苦悶から解き放たれ、娘は安らかな寝息をたてている。頬と唇に、赤味がさしていた。胸に耳をつけても、もう全く喘鳴はきこえなかった。
(もう大丈夫だ)
(半日は、眠るだろう)
安堵の笑みを交わした。
「おはようさんどす。勝手なことさしてもらいまして」
「いや、助かった」
「性も根も尽き果てて・・」
「これから飯を炊くのかとうんざりしておったところだ」
二人ともまだ二十歳を過ぎたばかりの歳である。嬉しさがここは正直に声に出るのは致し方ない。
「あの、普段使ってはる器は?」
「そこに伏せてあるはずだが」
「これが―」絶句している。
(しまった)
普段に使っているのは、肥前伊万里の染付である。京大阪では、冠婚葬祭、ハレの日のみに使うような高級な品にちがいない。
「これを、普段に使ってはったんどすか」
「私は、その、実は伊万里の出なのだよ」
「そうどしたか」
母親は、いささか悄然として、染付けの器に飯と汁を盛る。
(まあ、しかたない・・か)
男所帯で捨て散らかしていた青菜の、まだ食べられるところを丹念に毟った汁の実であった。梅干と出涸らしの鰹節の小皿で、圭吾は三杯、慎一郎は四杯、飯を替えた。
気がついて、慎一郎がいった。
「自分達ばかり箸をとった。すまぬ。さあ、食べなさい。飯は残っておるかな」
「へえ」
「病人が目を覚まして、欲しがるようだったら粥にしてやるとよい、梅干を添えての」
「あの―二階のお方に」
「あいつが今、もの食べられるもんか。娘さんさ。食べたくないといったら、今は無理に勧めなくともよいが。湯冷ましなり、水気は十分に与えたがよいな」
喘息発作の苦悶から解き放たれ、娘は安らかな寝息をたてている。頬と唇に、赤味がさしていた。胸に耳をつけても、もう全く喘鳴はきこえなかった。
(もう大丈夫だ)
(半日は、眠るだろう)
安堵の笑みを交わした。
Posted by 渋柿 at 07:17 | Comments(0)