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Posted by さがファンブログ事務局 at 

2009年06月21日

「伏見桃片伊万里」24

 遺骨を抱いて塒に戻ってくると、締めた戸の前に人影があった。
「あなた方は―」
「はい、その節はえろうお世話に」
 あの、お菰の母娘だった。
「何のお礼も出来んと、恥ずしゅうて―ご無礼なことしてしまいました。亡くならはったって聞きましたもんどすから、あの先生」
「野辺の送りを済ませてきたところだ。娘さん、あれから喘息はどうだね」
 慎一郎の問いに、娘が答えた。
「うち、大丈夫どした」
「この近くの居酒屋はんの薪小屋に置いてもろうてまして、あの夜ここにお医者はんがおられるっておしえてくらはったんもそこのお爺はんで」
 七草の節句、粥をふるまってくれた店であった。
「ここは寒い。とにかく中へ」
「あなた方が恥ずかしいと言うなら、俺は穴でも掘って隠れにゃならん、さあ、入って」
 隼人はバツが悪そうに言葉を添える。
 母娘は、文机の遺骨に焼香し、合掌した。母親は登世、娘は千代と名乗った。
 登世は堂島の米問屋の娘だったが、十七の年に裏店の錺職と駆落したそうである。
千代の誕生前に夫を流行病で亡くし、お菰の境遇に落ちたと言う。
(道理で、お菰さんにしちゃ、どこか妙に世間知らずなはずだ)
「ご生家を頼られたら。このように可愛い孫もおられるのだから」
 小火鉢に火を熾し、鉄瓶をかけた。
「実家は米相場に失敗して潰れたんどす。二親はもうなくなりました。兄は生きてるのか死んでるのか」横顔、薄く嗤う。
 亭主を亡くして、手に職もなく、幼子を抱えて、この母親―お登世が来し方つぶさに舐めたであろう辛酸。
二人にも、おぼろげ察することはできる。
おそらく、本当の地獄も見たはず。
  


Posted by 渋柿 at 08:24 | Comments(0)