2009年06月04日
「伏見桃片伊万里」2
「その酒仙が、人は土から造られたんだって教えてくれたことがあってさ」
「耶蘇(やそ)か、そいつ」
そこは蘭方の医生である、御禁制の基督(きりすと)教とやらのこと齧(かじ)らぬでもないようだ。
「まさか。女媧だよ」
「女媧?何だそりゃ」
慎一郎はその字すら思い浮かばないらしい。
「女と書いてジョ、カは女偏にそう、渦って言う字の旁だ。過去の過の之繞のない奴な。女媧は神様ていうか、伝説の女神だなあ、大昔の唐土の」
今まで、黙って箸を動かしていた影の薄そうな男、堀圭吾が、話に加わった。
「確か黄帝・神農・女媧で三皇、あの三皇五帝の一人だった筈だ。黄河の土捏(こ)ねて、人を造ったとかいう神さ」
「そう、さすが圭吾は焼物屋の倅だ。この女神さんは、初めのうちは一つ一つ丁寧に土を丸めてたんが、飽きてきてな、揚句縄を泥水に突っ込んで振り回して、飛ばしを人間にしたんだな。だから人にゃ一握りの俊才と、大多数の暗凡のふた色いるんだってさ」
隼人は、三本目の銚子を手酌で傾けた。すでに空であった。舌打ちして振ると、数滴のしずくが垂れた。
「ちっ。親爺、もう一本頼む」
「おい、いい加減にしろ!」
慎一郎が、隼人をにらみつけた。
「今日は圭吾の奢りだろう。なっ。親父、もう一本だ。俺ぁ所詮泥水の裔よ。酒毒結構。おい圭吾、出来損ないん焼き物ってのは窯出しん時、割っちまうんだろ」
隼人は圭吾に向き直った。
「こっちには茶を、土瓶で頼む。―まあそいうことにはなってはいるんだが、出来は悪くたって一応、器は器だ。自分ところで使ったり隣近所が貰ったり、それなりに、さ。出来が悪いからってそう、むやみに割っちまうもんでもないんだ」
「そうか」
「そう、出来損ないだって、この世に生まれ出たからは役目を果したかろう。そこの―おっと!」
慎一郎が、言いかけて止めた。居酒屋の親父が、銚子と土瓶を持って苦笑している。
「はいな、うちとこの器は尾州の安もんどすわ。伊万里たらゆう窯元さんどしたら、日の目みんもん使わせてもろとります。・・でもまあ酒毒ん話肴(さかな)に酒とは、まったく酔狂なお医者はん達や」
親父は別に怒った風もなく、銚子と土瓶を置き、汚れた器を下げた。隼人が、また一杯を一気に呷る。
「耶蘇(やそ)か、そいつ」
そこは蘭方の医生である、御禁制の基督(きりすと)教とやらのこと齧(かじ)らぬでもないようだ。
「まさか。女媧だよ」
「女媧?何だそりゃ」
慎一郎はその字すら思い浮かばないらしい。
「女と書いてジョ、カは女偏にそう、渦って言う字の旁だ。過去の過の之繞のない奴な。女媧は神様ていうか、伝説の女神だなあ、大昔の唐土の」
今まで、黙って箸を動かしていた影の薄そうな男、堀圭吾が、話に加わった。
「確か黄帝・神農・女媧で三皇、あの三皇五帝の一人だった筈だ。黄河の土捏(こ)ねて、人を造ったとかいう神さ」
「そう、さすが圭吾は焼物屋の倅だ。この女神さんは、初めのうちは一つ一つ丁寧に土を丸めてたんが、飽きてきてな、揚句縄を泥水に突っ込んで振り回して、飛ばしを人間にしたんだな。だから人にゃ一握りの俊才と、大多数の暗凡のふた色いるんだってさ」
隼人は、三本目の銚子を手酌で傾けた。すでに空であった。舌打ちして振ると、数滴のしずくが垂れた。
「ちっ。親爺、もう一本頼む」
「おい、いい加減にしろ!」
慎一郎が、隼人をにらみつけた。
「今日は圭吾の奢りだろう。なっ。親父、もう一本だ。俺ぁ所詮泥水の裔よ。酒毒結構。おい圭吾、出来損ないん焼き物ってのは窯出しん時、割っちまうんだろ」
隼人は圭吾に向き直った。
「こっちには茶を、土瓶で頼む。―まあそいうことにはなってはいるんだが、出来は悪くたって一応、器は器だ。自分ところで使ったり隣近所が貰ったり、それなりに、さ。出来が悪いからってそう、むやみに割っちまうもんでもないんだ」
「そうか」
「そう、出来損ないだって、この世に生まれ出たからは役目を果したかろう。そこの―おっと!」
慎一郎が、言いかけて止めた。居酒屋の親父が、銚子と土瓶を持って苦笑している。
「はいな、うちとこの器は尾州の安もんどすわ。伊万里たらゆう窯元さんどしたら、日の目みんもん使わせてもろとります。・・でもまあ酒毒ん話肴(さかな)に酒とは、まったく酔狂なお医者はん達や」
親父は別に怒った風もなく、銚子と土瓶を置き、汚れた器を下げた。隼人が、また一杯を一気に呷る。
Posted by 渋柿 at 13:42 | Comments(0)