2015年06月13日

鯰酔虎伝 14

「・・師匠、私のカバンに」

 昨日買ったCD入ってます、それ、掛けてくれませんかと朝顔がいった。これかい、色気のない黒いズダ袋から、紙包みを取り出す。

「おい、こりゃあ・・」

「ええ、左京師匠の追悼CDです」


「そうだ十二月二二日、昨日が発売日だった。

「豊島演芸場で買おうと思ったんです」
 
 四つの定席で一番格下の癖に客筋は通揃いで、噺家グッズの品揃えでも日本一。


「でも、稽古終わって行ったらもう売り切れで・・心当たり探し回りました」

「そうかい」
 
 長楽亭左京・・自分を客分にしてくれた京の輔の息子京治の弟子で、将来を嘱望されながら四年前に夭折した噺家だ。

「四軒回ってもなくて、五軒目でやっと見つけたんですけど、体おかしくなっちゃって」

 落語のCDの初版なんて三千、せいぜい五千くらいしか発売されない。左京は通には人気があった。入手困難なのは無理もない。

「掛けて・・下さい」

「判った」
 
 ラジオ付きのCDプレイヤーだけは、ある。

「頑張るなんてやめようよぅ、どうせ世の中変りゃしないんだから・・そう思いません?」

 明るい声が響きわたった。出囃子部分は初めからカットされた音源だったのだろうか。

「師匠が作ったネタですね」

「ああ、鯰まつりで・・演ってもらった」
 
「ガンバレ」・・師匠三道楽圓幽の逆鱗に触れて破門を喰らった、因縁のネタだ。
(七年前の十月・・だったよな)
 
 定席四つの寄席は年中無休、一月を十日ずつ上中下の三席に分けて興行している。当然、三十一日まである月は一日余る。そこでその日は余一会と称し、普段の寄席では演らないお遊びをする事になっていた。

 普通は若手が抜擢される。余一会を任されたのは、後にも先にもあの時だけだ。

「俺の持ちネタを純正古典派に物まねさせるてえ素っ頓狂思いついてな。左京とは飲み仲間、あいつも酔った勢いだったんだろう、引き受けてくれた」


 ほんとは「歌は世につれ」ってえ題だったんだ。でも学生運動経験したあいつ、歌は所詮世を変えないってゴネてなあ、強引にネタぁ「ガンバレ」と変えさせられちまった。

「物まねなんてもんじゃない。俺よりうまかった。・・客は俺のマニアックなファンばっかだ、比べてた。鯰が演ればただの奇天烈だけど、左京がやりゃ立派な落語だねってねえ」 
「・・見えます」
 
 左京が指を鳴らす。立ってステップを踏む。

「見えるだろ」

 歌って踊る音曲話。俺が高座で立ち上がって、師匠の堪忍袋の緒が切れちまったっていうのに、左京も立ち上がってくれた。
純正古典派が、技を尽くして演ってくれた俺の代表作。筋はそのまま、全く別の世界が繰り広げられる。



Posted by 渋柿 at 08:46 | Comments(0)
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