スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新の無いブログに表示されています。
新しい記事を書くことで広告が消せます。
  

Posted by さがファンブログ事務局 at 

2009年06月23日

「伏見桃片伊万里」26

 桃の花は今が盛り。陰陽の濃淡がそのまま襲(かさね)の匂い、夢のように美しい。
「昼舟に乗るや伏見の桃の花、か」
「蕪村か?」
「芭蕉だ。蕪村はな、夜桃林を出て暁さがの人」
「どういう意味だ?そりゃ」
「夜舟で桃の伏見を発って、夜明け頃嵯峨に着いたっていう意味さ。―高瀬舟は西高瀬の方へ上ったんだろう」
「ふうん。淀の昼舟が芭蕉で、高瀬夜舟が蕪村か。お前はものを知ってるなあ、圭吾」
「お前が無粋なだけだ」
(全く隼人、無粋にもほどがある)
 お登世の唇に、薄く紅が引かれている。今日の母子は、古手屋で探して縫直した、縞の小袖であった。臙脂と紺に朱と青と、色合がよく似ていて、御揃に見えぬこともない。
 麗らかに晴れた空に桃の花が映える。風に散る花弁が華やかであった。あの器の、薄い桃色の地に散る紅班はまさにこの光景の観立てである。値千金。花見の客の多さも頷かれた。
 花の路の、中ほどに設えられた小亭で、休息する。腰掛の緋毛氈の上にも、一ひら、二ひら桃の花弁が舞い落ちた。
雲雀がのどかに囀る。鶯も。
隼人は大きく息を吸い、犬が咳をするような声を出した。 
「しっ、慎一郎は、磨きあげた白磁だった」
「どうした、また具合でも悪いのか」
 隼人は面を上気させ、額に汗。
「い、いや。今日は慎一郎の四九日・・慎一郎は、百年いや千年に一人の名医にもなった筈。学才・技量・人格全て万人に一人。それが、俺のために」
 そこで、思い詰めた瞳がお登世を見た。
「俺は出来損ない、それも罅と欠けだらけ。だが何とかまだ器の用は足せる。いや、足さねばならん。だから、お登世さん」
「へえ」
「俺の、私の妻になって欲しい」
 
 桃の花が舞う。
  


Posted by 渋柿 at 07:55 | Comments(0)