2015年06月25日

 鯰酔虎伝17

「病気の事、ご存知だったそうですね」

「そうらしい・・実はあいつ、ずっと弟子を取りたがってたんだ」

「えっ」

「あいつが真打になった時、協会の前座、たった十人しかいなくなってた。このままじゃ落語が先細りするって、すぐにでも弟子を取りたいっていってた」

「でも・・」

「いや、入門した奴はいたんだ。でも、二か月もったなあ一人もいない。・・厳し過ぎたんだよ。あいつは天才だった。その上、人の何倍も努力した。同じ事要求されたら、弟子はそらあ、辛いよな」

 弟子は育てられなかったけど、ありゃきっとネタの形見分けだったんだろう、目瞑るまでの半年、若手にかなり稽古は付けていた。

「夕顔亭鯰んとこ行きなって・・」

 ごほごほ、辛そうに咳き込む。

「あの瓢箪鯰ならお前さんの夢、叶えてくれるかもしれないぜって・・左京さん、笑って」

「本当かい」

 ごほごほごほ、咳と一緒の頷き。

「悪い冗談・・だと思った」

 そりゃそうだろう。

 夕顔は夕顔でも手前、下野名物干瓢夕顔なんて気の利いたもんじゃねえ、喰ったら当たるこの毒瓢箪の瓢箪鯰野郎!とか・・香盤も齢もずっと下の癖に、酔っ払うとそんな事ぁお構いなしの野郎だった。

「左京さんはバリバリの古典原理主義。で、師匠はもう何十年、あんななあ落語じゃねえっていうガンバレばっか、寄席の鬼っ子・・」

 師匠捕まえて・・そこまでいうか。

「左京さんと、どんな関係だったんですか?」

「人目を忍ぶ仲、になりたかったんだけどな」

「ええっ!」

「馬鹿野郎、冗談だ」
 
 あの左京が、俺のお稚児になる玉かい。
 
 向こうは大学出のインテリで、こっちゃ十四で酒屋に奉公さ。噺家としては水と油だった。古典落語の完成度は完璧なんだ、何で圓幽に仕込まれた全て捨てちまったんだよ、そう何度も詰られた。そっちこそ黴の生えた【東京を江戸といってた時分】いつまで演ってるんだ、と怒鳴り返した。

(でも・・確かに男が、男に惚れてた)

 破天荒の京の輔の孫弟子のくせして、往年の三道楽圓幽を思わせる端正な噺だった。圓幽師匠みたいにどっか斜に構えてた、あいつの落語が好きだった。たぶんあいつも、師匠は圓幽なのに無茶苦茶な俺の落語を・・じゃなかったら俺の「ガンバレ」、あれほど見事に演れる訳ぁねえ。落語が心底好きな臍曲りってえ一点で、あいつと俺は、同志だった。

「・・すぐその後、でした。左京さんの死亡記事出たの。お焼香の列に並んで・・」



Posted by 渋柿 at 17:46 | Comments(0)
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