2009年06月09日
「伏見桃片伊万里」7
「お願いどす、お願い!」突然、戸を激しく叩く音がした。切迫した女の声だった。
「どなたか」慎一郎が訊た。
「こちらにお医者さまがおらはると伺うて参じたもんどす。子供の咳が。咳が止まらへんんどす。苦しがって。お願いします。お助けください」
板戸をへだてて、激しい咳が聞こえた。まだ幼いようだ。そこは医者である。子の刻を廻ったといっても、二人とも潜戸を開けるのに躊躇はなかった。そこにこの寒空にもかかわらぬ、一瞬案山子か、と見紛う姿があった。
目を擦った。
(いや、お菰さん、か)
三つ四つばかりの女児を抱えて入ってきた女は、垢まみれの継接、醤油で煮染めたような襤褸を纏っていた。帯は藁縄である。ぐったりと抱かれている子供も同様であった。
「圭吾、入って頂け」慎一郎に声をかけられ、我に帰った。
「こちらへ」土間に続く居間へ導いた。
「布団、だな」慎一郎が二階の寝部屋から、自分の布団一式を持って来る。
子供は、苦しがって横になるのを嫌がった。涙をこぼしながら、あえいでいる。母親らしい女が、膝の上でひしと抱く。圭吾は小火鉢を敷居の縁まで動かし、炭を熾した。夜半、冷気は身を切る。鍋に水を満たして架けたのは、室内の加湿のためである。
「初めは火から遠ざかった方がよいのだ。炭火の瘴気はよくないでな」慎一郎がいう。
「とにかく、蓑虫だ」隼人の掻巻きを引っぺがし、子供を包んだ。その上に布団を巻いた。
まずは、保温である。
娘は肩で息をしていた。胸に耳を付けるまでもなく、娘が息をするたびに大きく音が聞こえる。もはや体に廻らすに十分な息も出来ないらしく、唇が紫色に変じていた。顔色も同じである。
(喘息の発作だな)
(それもかなり重篤だぞ)
(このままでは、窒息しちまう)
「どなたか」慎一郎が訊た。
「こちらにお医者さまがおらはると伺うて参じたもんどす。子供の咳が。咳が止まらへんんどす。苦しがって。お願いします。お助けください」
板戸をへだてて、激しい咳が聞こえた。まだ幼いようだ。そこは医者である。子の刻を廻ったといっても、二人とも潜戸を開けるのに躊躇はなかった。そこにこの寒空にもかかわらぬ、一瞬案山子か、と見紛う姿があった。
目を擦った。
(いや、お菰さん、か)
三つ四つばかりの女児を抱えて入ってきた女は、垢まみれの継接、醤油で煮染めたような襤褸を纏っていた。帯は藁縄である。ぐったりと抱かれている子供も同様であった。
「圭吾、入って頂け」慎一郎に声をかけられ、我に帰った。
「こちらへ」土間に続く居間へ導いた。
「布団、だな」慎一郎が二階の寝部屋から、自分の布団一式を持って来る。
子供は、苦しがって横になるのを嫌がった。涙をこぼしながら、あえいでいる。母親らしい女が、膝の上でひしと抱く。圭吾は小火鉢を敷居の縁まで動かし、炭を熾した。夜半、冷気は身を切る。鍋に水を満たして架けたのは、室内の加湿のためである。
「初めは火から遠ざかった方がよいのだ。炭火の瘴気はよくないでな」慎一郎がいう。
「とにかく、蓑虫だ」隼人の掻巻きを引っぺがし、子供を包んだ。その上に布団を巻いた。
まずは、保温である。
娘は肩で息をしていた。胸に耳を付けるまでもなく、娘が息をするたびに大きく音が聞こえる。もはや体に廻らすに十分な息も出来ないらしく、唇が紫色に変じていた。顔色も同じである。
(喘息の発作だな)
(それもかなり重篤だぞ)
(このままでは、窒息しちまう)
Posted by 渋柿 at 08:42 | Comments(0)