2009年06月18日
「伏見桃片伊万里」20
そんな馬鹿な!と全身を貫く悪寒の中で、祈るように見た瞳孔は―開いていた。
ほぼ即死だった。頭を蹴られ、額の左、頭蓋が陥没している。慎一郎を蹄に掛けた侍は、それでも下馬はしない。
「役目の上じゃ」懐中から出した文箱の紋所は丸に十文字、かの西国の大藩のものである。
(薩摩!)
年貢米を堂島の市で売りさばくために設けた、大阪蔵屋敷の使番らしい。
(早馬が頻繁に通るとは、居酒屋の親爺もいっていた)臍をかむ思いだった。
薩摩藩がこの十数年、のちにお由羅騒動と呼ばれるお家騒動の渦中にあったことは世間にも洩れている。実父に疎まれていた藩主が庶弟を抑えてやっと襲封したのは四年前、藩政を整えるために米相場だけでなく、お家芸の抜け荷にも総力を挙げているらしい。
悔やんでも悔やみきれない。
商人にとっても大名にとっても、米相場はまさに鉄火場である。早馬だけではなく、狼煙の合図も使われる。大相場が張られるのは、秋だけに限ってはいなかった。
「公用の急使ゆえゆるされよ。のちほど蔵屋敷へまいられい」
「何ぃ」気色ばんだが、侍は馬に鞭をくれた。
「せめて、名乗られい」その背に叫ぶ。
「八重樫源蔵!」殺気立っていた。
その声も馬上に遠ざかる。
隼人は、ただ呆然と立っていた。
圭吾は日記に、血を吐く文字を記している。
「無念也」
ほぼ即死だった。頭を蹴られ、額の左、頭蓋が陥没している。慎一郎を蹄に掛けた侍は、それでも下馬はしない。
「役目の上じゃ」懐中から出した文箱の紋所は丸に十文字、かの西国の大藩のものである。
(薩摩!)
年貢米を堂島の市で売りさばくために設けた、大阪蔵屋敷の使番らしい。
(早馬が頻繁に通るとは、居酒屋の親爺もいっていた)臍をかむ思いだった。
薩摩藩がこの十数年、のちにお由羅騒動と呼ばれるお家騒動の渦中にあったことは世間にも洩れている。実父に疎まれていた藩主が庶弟を抑えてやっと襲封したのは四年前、藩政を整えるために米相場だけでなく、お家芸の抜け荷にも総力を挙げているらしい。
悔やんでも悔やみきれない。
商人にとっても大名にとっても、米相場はまさに鉄火場である。早馬だけではなく、狼煙の合図も使われる。大相場が張られるのは、秋だけに限ってはいなかった。
「公用の急使ゆえゆるされよ。のちほど蔵屋敷へまいられい」
「何ぃ」気色ばんだが、侍は馬に鞭をくれた。
「せめて、名乗られい」その背に叫ぶ。
「八重樫源蔵!」殺気立っていた。
その声も馬上に遠ざかる。
隼人は、ただ呆然と立っていた。
圭吾は日記に、血を吐く文字を記している。
「無念也」
Posted by 渋柿 at 12:06 | Comments(0)