2015年06月16日

鯰酔虎伝 15

「左京さん、酔っ払ってますね」

「それもあいつの、計算さ」

 朗々たる声量。歌唱力も俺以上だ。

「結局この野郎がいい遺した言葉は・・笑っちゃいますけど、ガンバレ」 

 サゲに、万雷の拍手が続いている。

「これが、あいつの葬式でも・・流れたよ」

「聞いてました。外のテントで、でしたけど」

 そうか。葬式まで来たのか。あの若葉雨ん中、左京送ってたんだなぁ・・お前も。

「・・左京のかみさん、葬式でこれ流すって言った時は、大騒動だったんだぜ」

 今際に左京がそう言い残ったっていい張るんだ、勘違いってか聞き間違えだと思うんだがな・・鯰はまた、どぼどぼ焼酎を注いだ。

(どう考えったって・・あいつが、あれを手前の幕引きにする筈ねえんだ)

 死神枕元に、何考えてたんだろう。

「古典の名手だった左京の弔いだ、本格本寸法の古典の大ネタに決まってるだろって、師匠の長楽亭京治始め、周囲は猛反対よ」

 それも面白ぇじゃねえかっていったのは、俺くらいだ。

「でもかみさん、お言葉ですが師匠、うちの人は古典の名手なんかじゃあございません、憚りながら落語の、名手だったんですって啖呵ぁ切ったもんだから・・」

 師匠も兄弟弟子も、ぐうの音も出なかった。

「凄いおかみさんですね」

「ああ、凄ぇかみさんさ。左京の野郎、べた惚れしてやがった」

「・・そうですか」

「葬式じゃ拍手もなかった。シーンと静まり返って・・そりゃ皆固まって声も出なかったのさ。兎に角、素晴らしい・・惜しいってな」

 CD止めてください、と朝顔がいった。

「最初に入門志願したの、左京師匠でした」

「・・そうか」

 多分、そうじゃないかと思ってた。

「噺がテンポよく明るくって・・磨かれた江戸の粋でした。左京師匠に夢中になって・・左京師匠の様になりたいって思いました」

 でも結局俺の弟子ってのは、何なんだよ。俺はただの左京の身代わりか。・・仕方ないんだろうな。あいつは噺も様子も綺麗な、本寸法の噺家だったから。

 気付いてたよ朝顔、お前が決して俺みたいな噺家目指しちゃいないって事。圓幽仕込みの古典、必死で浚ってたよな。二つ目になっても稽古は古典ばかり、気儘がだいぶ許される立場になったって、新作落語演ろうともしなかった・・左京がそうだった様に、よ。

「惚れたんです、左京師匠に」 

 眼まで潤ませてやがる。



Posted by 渋柿 at 21:24 | Comments(0)
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