2015年07月04日

鯰酔虎伝 21

 絡みも暴れもしない、いい三人酒の千鳥足で帰ってくると、ネタ浚いの声がした。

「・・うるせぇ、そいつの襟首掴む。もう泥酔状態でございます。いけない、こいつはいけないってんで、師匠出番ですと声を掛ける。そしたら夕顔亭鯰、立飲屋の土間の真ん中すっくと座り、演りだしたのは文七元結。これがまた、しらふよりよっぽど出来がいい」

 近頃の朝顔は本格の古典と共に、その名も「鯰酔虎伝」、鯰の酒癖をネタにし倒した一連の新作も手掛けている。

(ネタになる師匠って、一財産です・・か)
 
 左京の遺言で渋々厭々俺んとこ来た癖によ。師匠選びも芸のうちでしたねなんて、生意気な事いいやがって。

(古典の名手が演ったガンバレも、寄席の鬼っ子の文七元結も、どっちも好き。だから、古典と新作両方とも得手にするんです・・か)

 その為には、途方もない努力が要るのによ。
 
 政さん久さんにどやされ、ドアを開けた。

「師匠・・やっぱりぃ。ほんとだらしない」

「酔って・・ねえ、よ」

「呂律、回ってません」

 コップに水をくみ、はいと差し出す。

「京蔵師匠から、佐賀の会の確認が入ったんで、OKですっていっときました。・・十年前左京師匠と二人会をした同じ日、同じ場所なんですって、佐賀市文化会館」

「・・ちょっと待ちな、四月二九日って」

「ええ、左京さんの命日。今年が七回忌ですねえ。これも何かの因縁・・ひょっとすると、左京師匠が呼んでるのかもしれませんよ。高座で極楽往生したりして・・その時分の佐賀、楠若葉がきらきら、綺麗ですしねえ」

 よしやがれ。年寄りにゃあ洒落にならねえ。

 左京、勘弁してくれ。酔っちゃ連れてけ死神なんて騒いでたけど、今はまだ死にたくないんだ。朝顔が真打になるまで、どうしても。

(お前が俺に託した弟子だ。俺とお前併せた、凄ぇ噺家にしなきゃ・・嘘だろ)

 この齢んなって、全く汚え生き意地だよな。

 まあ足腰ぁもう大分弱ってるし、何の役にも立たねえくらい耄碌した時ぁ、すぐそっち行くからさ。そん時は又、とことん飲もうぜ。

「父と母、来てくれるそうです。楽屋に挨拶に伺うって」

 どんな顔して、逢やいいんだろう。

「・・親父さん、なあ」

「は?」

「どこ出たんだい」

「都の、西北・・」

「まさか、落研だった・・とか?」

「ええ、それもあたしと同じ」

 ほんとかよ、ほんとに左京の先輩だ。

「ひょっとして、水上左京て奴、ご存知だったんじゃないかい」

「いえ・・多分、左京師匠は父が卒業してからの入学です。父が五つ上ですから」

 そこはまるっきり違う。朝顔の親父さんと左京の因縁なんて、とんだ与太話しやがって。

「でも、無茶な噺家の事は聞いてました」

「無茶な、噺家ぁ?」

 まさか・・



Posted by 渋柿 at 14:50 | Comments(0)
上の画像に書かれている文字を入力して下さい
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。