2015年07月02日

鯰酔虎伝 20

「ねっ、ミュージシャンでもジャニーズでもねえんだ、男臭い場所の男臭い寄席に田舎娘が引き付けられたなあ、親から左京の事聞いたとでも考えなきゃ平仄が合わねえ」

「久さんのいう通りだ。あれだぜ、東京で大学まで出した娘が、いくら爺さんとはいえ男と同棲するってんだ、普通親が文句の一つも言うもんだぜ。それを立派な噺家にしてやって下さいってんで、米は送る味噌は送る・・」

「その上毎年、伊万里梨に伊万里みかんだろ」

「鯰さんを信用したのさ、生前の左京さんと飲み仲間だったって事でなあ」

 まさか・・でも落語に興味持ったそもそもの切っ掛けは、まだ当人からは聞いてない。

「まあ今だって碧ちゃんと師匠、所帯持ってる様なもんだ、俺達みたいにさ」  

 政さんと久さんが目くばせを交わした。俺達も五十年、ずっと一つ屋根の下で暮らしてるんだからなあ、そう苦笑いする。

(聞いてるよ)

 政さんも久さんも、ずっとおりんさんに惚れてたんだってなあ。でもおりんさん、どうしても友達の仲裂けなかったそうだよ。そしてずっと、三人で同じアパートの、三つの部屋で暮らしてきたんだ。

(とんだ・・真間の手児奈だね)
 
 万葉の乙女は男の争い苦にして自殺しちまったんだが・・八十過ぎたって俺同様、達者に手前で稼いでるんだ。こんな不思議な三角関係も、当人達がよきゃそれでいいんだろ。

(三人で入る永代供養の墓も、もう決めてるっていってたな)

 俺の墓も、まだ空きがありゃあそこにするか。女房と娘のお骨と一緒に。

「師匠の文七元結胸に堪えたぜ、なあ政さん」

「ああ、やせ我慢はああでなくちゃいけねえ」

・・娘は女郎になっても死ぬ訳じゃねえ、我慢するさ。あんたはこの金が無きゃあ身ぃ投げて死ぬってんだろ、ええい持ってけ・・

(やせ我慢・・か)

 朝顔が愛しい。そりゃ生涯唯一の弟子だからだけど、女房でもあり娘でもあり・・ひょっとすると惚れちまったのかもしれない。

 朝顔は女房娘の骨壺と位牌に、今もご膳と水を供えてくれている。さつき、これから風邪だろうが指一本触れないから・・勘弁してくれ。そしてあいつに似合いの男が現れたら、喜んで嫁に出す。あの根性だ、女房稼業と噺家稼業の両方、立派にやっていくだろうよ。

(・・卓袱台返さなくて、よかった)

 左京が死んで六年、やっとまたできた、多分最後の飲み仲間だ。大事にしなくちゃ。



Posted by 渋柿 at 21:20 | Comments(0)
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