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Posted by さがファンブログ事務局 at 

2015年04月30日

鯰酔虎伝 4

「三十六人たあ又、荒木又右衛門だね」

「はっきり女だから、といった師匠もありました。噺家に向いてないともいわれました。兎に角中堅・若手・大看板、軒並み頭下げては断られて・・三年です」

「あんた、仕事は?」
「ドラッグストアのレジ・・パートです」

「まともな就職は、してねえんだな」

 よくまあ田舎の親御さんに連れ戻されなかったなあというと、父はお前にゃあお前の人生があるんだし、人に迷惑だけ掛けなきゃ好きにしろといってくれてます、と答える。

「出来た親御さんだけど・・」

 出来過ぎてる。少し冷たいんじゃないか。ひっぱたいてでもしょうもない夢諦めさせるのが、本当の親心っていうもんだろ。

 随分東京で暮らしてるんだろうに、田舎のアクセントが抜けてない。江戸前の噺を演るにゃ相当な訓練が必要だろう。声のキーも高過ぎる。耳障りだし、男だって声が高いと登場人物の演じ分けに苦労する。

(それに、華もふらも・・なあ)

 高座で客を引き付ける魅力も、アピールする個性も、とてもある様には見えない。

「あんた、それだけ落語が好きなら・・」

「はい」

「いっそ噺家のかみさんになっちゃどうだい。心当たり、幾つもあるぜ」

 そりゃ苦労もするが、毎日毎晩、木戸銭払わねえで噺だきゃあ聞ける。酒浸りの俺だって、稽古だけは欠かさなかった。あいつも内職の手ぇ動かしながら、楽しそうに聞いてたっけ。米味噌手土産に入門志願に来る程だ、噺家の暮らしは充分承知してるだろうし、旨い朝飯の礼に仲人の真似事をしてもいい。

「なりたいのは女房じゃなくて、噺家です」
 
 土台選ぶ権利ってのがあるでしょう、どっちにも・・そう見据えられ、たじたじとなる。  


Posted by 渋柿 at 14:58 | Comments(0)

2015年04月28日

鯰酔虎伝 3

 落語は男が演るものとして作られ、磨き上げられてきた。女には難しい。女の噺なんて聞きたくない、という客も多い。だが、鯰の属する協会だって、女真打がもう四人もいる。

「俺ぁ、弟子は取らないよ」
 
 こんなろくでなし、取れる訳がない。

「俺の齢、知ってるかい」

「はい」

「七十五だぜ」

「夕べ・・ほっとけませんでした」

「寝げろで窒息でもしやしないかってかい?そりゃ、親切なこった」
 
 でもいいかい、俺ぁ入門してから真打になるまで十九年も掛かったんだ、よく考えなよ、あと十九年ていやあ、もうこの世にいる訳ねえだろ、と女の顔を見た。

「五十絡み、出来りゃあ四十代の師匠見つけるこったな」

「手間取ったのは、最初の師匠と反りが合わなかったからでしょう」

「まあな・・」

 そうさ。今じゃ十年、当時だって十五年が昇進の相場だった。

「三道楽圓幽・・長楽亭京の輔と昭和の双璧だったけど、ばりばりの古典至上主義で」

「その二人、呼び捨てはして貰いたくねえな」

「すみません。鯰師匠、二つ目のときから新作で人気があったのに、真打の打診圓幽師匠が何度も握り潰したって」

「酒癖悪過ぎたからねえ。結局俺ぁ、駄目になっちまった噺家なんだよ」

「知ってます。出番貰っても勝手に抜いて、出たと思えば酒気帯び高座・・」

「出入り禁止も方々で喰らってる」

「あんな歌噺なんて、ありゃ寄席の鬼っ子だね・・ですか。香盤下げろとか、噺家辞めさせろとかいわれてるそうですね」

 ああそうだよ、俺ぁ女房子泣かせて、挙句死なせた、最低の男って訳だ、悪いが帰ってくれ・・鯰は盆を持って立ち上がった。

「折角のお袋さんからの小包だ、持って帰りな。・・朝飯旨かったぜ、ありがとよ」

「鯰師匠で・・三十六人目なんです」

「えっ」

「三十五人の師匠方に、断られました」
 
 桂家道丸、長楽亭京蔵、三道楽圓杖・・女は旬の噺家の名前を次々と挙げた。

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Posted by 渋柿 at 17:58 | Comments(0)

2015年04月26日

鯰酔虎伝 2

「薩長土肥の方の、肥前か」

「ええ、ばりばり、江戸っ子の仇」

「そりゃ、高座で嘯いてるだけさ」

 噺家なんてだらしがない。戊辰の恨みと田舎者馬鹿にしたって、鹿児島・山口・高知・佐賀、呼ばれりゃどこでも機嫌を伺ってる。

 飯椀を取り上げると、塩気は梅でという。白粥に大きな梅干しが一つ。種は除いてある。

「そうか・・塩、切らしてたんだ」

「・・何もなくて、びっくりしました」

「酒さえありゃ、いいんだ」

 お茶が出る。三つ葉の浸しにゃあ微かに山椒の香りがした。女房が庭に植えておいてくれて雑草との競争に耐えてきた草木。それも、根こそぎブルトーザーが削っちまう。

 それにしてもこの女、米味噌にお茶ッ葉まで持って、一体何しに来たんだ。 

「師匠、楽屋口でも居酒屋でも申しましたが」
 
 どうも昨日から一緒だったらしいけどな、こっちゃあ、何も覚えてねえんだよ!

「弟子にして下さい」

 ぷっぷぷぅ、茶を吹いた。

「あんた、噺家になろうてのかい?」

 真打の噺家は、弟子を取ることができる。噺家になる為の条件は唯一つ、真打の噺家に入門を許される事。他には何もない。

 これは詰まらないものですが、と女は紙袋を差し出した。入門願いの手土産の積りらしい。中からは洒落じゃなくて、ちまちま小分けされた米味噌茶の葉に梅干しが出てくる。

「おととい、田舎の母から届きました。うち、農家なんです。伊万里には西九州一の梅園があって、これ、そこで採れた南高梅を母が漬けたんです。味噌だって手作りですよ。お茶も米も父と母が作ってて・・」

「これで、さっきの朝飯、作ってくれたのか」

 とんだ手土産に、手ぇ付けちまった。

「明日から、こちらに通ってよろしいでしょうか?親も承知しておりますので、すぐにでも、電話で挨拶させます」

(よく知ってやがる)

 入門には、原則として親の同意が要る。

「正気の沙汰じゃ、ねえな」

「女だからですか?」

 どう答えるか、迷った。  


Posted by 渋柿 at 18:15 | Comments(0)

2015年04月25日

鯰酔虎伝 1

「あんまりいい世間でも・・なかったなぁ」

 ちょっと待っておくんなさい、最期の見納めだ・・屋敷の門から娑婆を見る。

 何やっても甲斐性なし。金の無いのは首の無いのと同じってねえ。いっそ売っ払っちまおう。首代は七両二分、そう、間男堪忍と同じさ。刀の試し斬り?上等だ。すぱっと遣ってくんな、但し、お代は前金だ。

「お前さん」女房の声がする。

「お前さん、御飯だよ、お前さんってば」

 うるせい、商売の邪魔だ。

 味噌の香。お前さん、女房が頭を揺すった。

(うわっ)

 痛い。夢・・か。薄く、眼を開けた。くすんだ天井に壁の、ここは間違いなく俺の家、感心に・・ちゃんと帰ってはきてる。

 「大丈夫ですか、師匠」

 何だい他人行儀な、お前さんと呼べよ。

 「もう、十時過ぎましたよ」

 ここにまだ・・未練か。来週には出てかなくちゃならない。お前も夢に出張って味噌汁の一つ、作りたくなるのも無理ねえな。

「今日は寄席、ないんですか?」
 
 ねえよ、あるわけねえだろ。

「明日も?」
「ああ」

「明後日も?」
「九月の中席まで、空いてらあ」

 枕元をごそごそ、老眼鏡を探る。どうも女房のさつきじゃあねえ様だ。

「随分召し上がってたんで、お粥にしました」

 Gパンに薄緑のTシャッ、こいつぁ誰なんだ。万年床から起き上がったが・・判らない。

 卓袱台なんて気の利いた物はない。味噌汁に白粥の盆は、畳にじか置き。ゆんべの酒で荒れている筈の胃の腑が、きゅっと鳴いた。あんた誰?と訊くのは後回しにして箸を取る。

「こいつぁ、まるで茗荷の宿だねぇ」

 初夏のこの季節、宿屋の主が金目当てに物忘れさせようと茗荷責め。が、客が忘れたのは宿賃払いだった、というのがオチの噺だ。

「庭に生えてた茗荷とか、使いました」

 それでか・・味噌汁の実もお浸しも茗荷、それに三つ葉。懐かしい香りがする訳だ。

 汁を、一口啜る。

「こりゃ・・煮干しの出汁かい?」

 鰹節や昆布じゃない。勿論旨味調味料でも。

「いりこ、です。・・煮干しの事、うちの田舎じゃそう呼ぶんです。肥前松浦のいりこ」
 
 お粥、茗荷、煮干し・・アクセントが微妙に違うのは、そういう訳か。

「松浦てえと、平戸?あの本所七不思議の」

 怪談噺くらいしか、思い浮かばない。

「いえ、上屋敷落葉なしの椎の平戸新田は、長崎県。うちその割と近くなんですけど境越えてて・・肥前佐賀の伊万里です」  


Posted by 渋柿 at 15:24 | Comments(0)