2009年06月13日
「伏見桃片伊万里」13
母親も、おぼろげ事情はわかったらしい。
階下では芯張り棒をはずして外に出る気配がした。水音。井戸水を汲んで水瓶を満たし、竃に火をおこし、鍋いっぱいに湯を沸かしてくれているらしい。
「まったく、何て晩だ」
吐寫にまみれた隼人の着物を脱がせ、体を湯で拭き、着替えさせた。
(後は、こいつの運次第)ということになる。
時が移った。微弱だった脈が、しっかりしてきた。圭吾は隼人の手首を離した。
「酒毒か・・」圭吾が、深い吐息を吐いた。
世間知らずの圭吾は、今の今まで、酒毒とは酒を飲み続けて数十年を経てなるものと思い込んでいた。酒を口にして四年に満たぬ隼人の問題飲酒が、ここまで病根の深いものだったとは。各々の口にする酒量が心身にどれほどの影響を与えるのか、また与えずにすむのか、幅広い個人差というものがあるのだということを―医者として思い知った。
実は現代でも、アルコール依存の治療を受けている十代から二十代の患者は決して少なくないのである。一般に若年者ほどアルコール依存の進行は早く、重篤な危機を招き易いことは、もっと広く知られてもよいであろう。
「ああ完全にな。酒毒はすすむと、気分をひどく鬱屈させるだろ」
「鬱屈して、あげく医者が砒素か」
「首括ってりゃ、死に損なわなかったか」
「圭吾!」
「すまん、冗談言ってる場合じゃないな」
「酒毒がここまで回ってるなら・・」
「暴れるな。それとも、今度こそ、首でもくくるかもしれん」
「自傷他害のおそれ大、だな。傍を離れるわけいかんな」うなずき合う。
(ん・・)飯の炊けるにおいがした。味噌の香りも。急に、激しい空腹を感じた。
「有難い。あの母親、朝飯の仕度をしてくれているらしいぞ」慎一郎が立ち上がった。
「朝飯・・」圭吾も立つ。雨戸を開けた。
「もう夜が明けてる・・天気はよさそうだ」
東の空が、薄墨色、ほの明るい。
「さあ、腹ごしらえしよう」
階下では芯張り棒をはずして外に出る気配がした。水音。井戸水を汲んで水瓶を満たし、竃に火をおこし、鍋いっぱいに湯を沸かしてくれているらしい。
「まったく、何て晩だ」
吐寫にまみれた隼人の着物を脱がせ、体を湯で拭き、着替えさせた。
(後は、こいつの運次第)ということになる。
時が移った。微弱だった脈が、しっかりしてきた。圭吾は隼人の手首を離した。
「酒毒か・・」圭吾が、深い吐息を吐いた。
世間知らずの圭吾は、今の今まで、酒毒とは酒を飲み続けて数十年を経てなるものと思い込んでいた。酒を口にして四年に満たぬ隼人の問題飲酒が、ここまで病根の深いものだったとは。各々の口にする酒量が心身にどれほどの影響を与えるのか、また与えずにすむのか、幅広い個人差というものがあるのだということを―医者として思い知った。
実は現代でも、アルコール依存の治療を受けている十代から二十代の患者は決して少なくないのである。一般に若年者ほどアルコール依存の進行は早く、重篤な危機を招き易いことは、もっと広く知られてもよいであろう。
「ああ完全にな。酒毒はすすむと、気分をひどく鬱屈させるだろ」
「鬱屈して、あげく医者が砒素か」
「首括ってりゃ、死に損なわなかったか」
「圭吾!」
「すまん、冗談言ってる場合じゃないな」
「酒毒がここまで回ってるなら・・」
「暴れるな。それとも、今度こそ、首でもくくるかもしれん」
「自傷他害のおそれ大、だな。傍を離れるわけいかんな」うなずき合う。
(ん・・)飯の炊けるにおいがした。味噌の香りも。急に、激しい空腹を感じた。
「有難い。あの母親、朝飯の仕度をしてくれているらしいぞ」慎一郎が立ち上がった。
「朝飯・・」圭吾も立つ。雨戸を開けた。
「もう夜が明けてる・・天気はよさそうだ」
東の空が、薄墨色、ほの明るい。
「さあ、腹ごしらえしよう」
Posted by 渋柿 at 09:16 | Comments(0)