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Posted by さがファンブログ事務局 at 

2009年09月20日

「中行説の桑」22

「我が父のこと、知っておりますでしょう」 公主は、なぜか薄く笑った。
「はい、燕王様と」
 呂氏の時代には呂氏につき、その打倒の折は一旦高祖の嫡長孫斉王に組し、最後は機を見て代王であった文帝を担ぎ出した。
「でもねえ、父が私を売ったわけでもありませんよ。私が行きたいと申したのです。それを陛下もお認めになって」
「当たり前でございます。匈奴の地で、見事漢の婦徳をしめさるる姫と、ご推挙なさったのでございます」
そういいながら、中行説は家族のため売られた自分を思った。
「私は正嫡の子ではありませんし」そういって公主は一旦言葉を切り、またふっと笑った。「漢の地に留まっても、そう面白い生き方は出来ませんでしょう。ええ、本当に私から望んだのです、行きたいと。燕王・・父はしばらく考えておりましたけど、それもよかろう、と申しました」
「そうでしたか」
「私は、呂氏を裏切り、斉王を裏切った燕王劉沢の・・娘です」
「いえ、只今は今上皇帝陛下の御娘・・」
「ええ、陛下はお優しいお方です。私のわがままを随分聞いてくださって。・・中行説、私は何も漢の国に仇をなそうと蚕をもちだすのではありませんよ」
「それはよく判っております」中行説は、透き通るように白い公主の頬を見た。
 せめて嫁ぐ地で誰もが一生に一度絹の花嫁衣装を纏えるようになったら・・それが公主の夢。
「分りました。御輿入れの出立は清明の節句とか。調度蚕の卵が冬の眠りから覚める頃でござりまする。目覚めた卵が孵るまで十日たらずでございます。そこまでは帽子の綿にでも桑の種と隠しも出来ましょうが・・蚕は驚くほど大食でございます。食べる葉がなければ、死ぬしかありません」
「私は、むごいことをしようとしているのかもしれませんね・・蚕にも、中行説にも」
「公主様・・」説は、真綿のように白く、また細い公主の項をかなしいものと見た。
(漢の国に仇をなそうというのではない・・か)
本当に、我が手で幸せを掴もうと願っているだけなのであろう。公主に罪はない。だが、(この聡明で優しい公主を匈奴に嫁がせることは・・)漢にとっては禍ともなるのではないか、という思いがした。
(いや、公主様の願い、できる限り叶えよと陛下もおっしゃったそうではないか。この健気な姫様のためじゃ)
中行説は自他ともに認める小心者である。その彼が、この時は不思議と肝が据わった。(そうだ。後にどんな禍があろうと、よいではないか。わが身一つがその禍をうけでばよい)
 桂の花の香の中、中行説は公主の願いを叶えようと意を決した。そして蚕種と桑の種を入手し、密かに公主に渡したのは年が明けた頃だった。
  


Posted by 渋柿 at 06:56 | Comments(0)