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Posted by さがファンブログ事務局 at 

2010年01月07日

「続伏見桃片伊万里」14

「播磨屋どの、あのことも圭吾の耳に入れておいた方が良いと思うが」
「へえ」
「則天武后じゃ」
「さいだすな」
躊躇は僅かであった。
播磨屋は、圭吾を見据えて言葉を続けた。
「わては養子、お米は播磨屋の家付き娘どした。いくらお米に子が出来へんかったからて、わての手が付いて跡取り産んだ女中あがりのお光を・・そりゃ子飼譜代の播磨屋の奉公人達が、よう思う筈あらしまへん。で、奥向きの女中達が草双紙読んで、なんやあほみたいなこといいだしよりましたんや」
「曰く、権妻、正室を謀って陥れ、その座を得んとて実娘を扼殺すー十八史略あたりの翻案じゃな」
 師が、また説明を補う。
「あの則天武后のわが子殺し、ですな」
「まったく。唐津屋の高蔵はんに妾のお武はん、本妻はお玉はんやて、そなあほうな。お光が、お米に継子殺しの罪着せて追い出し、播磨屋のお店さまに直ろ思てわが子のお筆絞め殺したやて、そんな事ようもいいますわ。わては唐の皇帝でも宰相でもおへん」
「左様、お手前はそもそも婿養子、追い出されるとしたらご亭主のほうじゃな」
 師は世古たけところを見せ、播磨屋は苦い笑いを浮かべた。
「お米かて、そりゃお光に悋気が無かったとはいいまへんけど、子供等は、芯から可愛がっとりました。お米がお筆絞殺すこともありえまへんし、お光がお筆殺してそん罪お米になする事も、絶対あろうはずがありますかいな」
「そんな噂が―」
「はあ、廻り廻ってお光の耳に入りましたんや。それからどす、お光が浴びるほど酒飲み出したんは」
「それは、そうもなろう・・な」
「それに・・いえ、お米がそんなあほな噂、本気にするわけはおへん。ただ、女中達がひそひそしとった頃、お光の前で―」
「噂を口にされたのか」
「え、いえ、ただ、南禅寺堂町までお米が正吉連れてって、別れしなに、いうてしもうたんどすなあ、つい」
「何を?」
「正吉の頭撫でながら女中に向こうて『可愛いなあ、こんな子絞殺すなんてうちには絶対出来ん』て」
「それは」
師とともに圭吾は絶句した。
播磨屋も、暫く俯いて畳の縁辺りを見ていた。
「はい、他意のう口にしたと弁解出来るこっちゃござりまへんわ。まあお米の普段は押し隠しとった自分でも気ぃつかん憎しみが・・いわせたんどっしゃろなあ」
「播磨屋どの、あなたはもしや―」
「へえ、ほんまはお米のそそうでお筆、死にましたんやてなあ。知ってます。あっ、お光は口が裂けても申してはおりまへん。まあ、子供は素直なもんですわ。お筆が死んだ日のこと、お光が『お店さまには恩がある』て庇うたことまでもなあ、確かに聞きました。もっとも正吉問い詰めたんは今日の今日ことでしたが」
  


Posted by 渋柿 at 22:45 | Comments(0)

2010年01月07日

「続伏見桃片伊万里」13

「酒毒!」
「お筆が死んでから・・まあその前から少しづつ酒、隠れて飲んどったようどすけど、今はもう、手ぇつけられしまへん」
(去年の正月、からか)
「えろう痩せて、血の気ものうなって。ものも食べんと、それでも飲むんだす。もう、このままやったら死んでしまいます。はい、止めさせようとは致しました。でも酒、家からほっても、近頃はご近所酒ねだり歩くわ、只飲みして播磨屋の名ぁ出すわ・・悪知恵働かしよりますんだす」
「女中はおられにうのか」
 師がきいた。
「はあ、家を持たせるとき付けようとしたんどすが、お光も女中上がり、遠慮いたしまして。家のことまめにする方だったしなあ」
(あの日、買い物に出す女中が居たなら)
 お筆に何事もなかった、と圭吾は思った。 
 一年半近く前の
「娘の急死」。
心の傷ゆえの深酒、思えばその前からの
「うさ晴らし」
の隠飲癖であった。
肝の臓の性が男より弱い女の身である。
すでに酒毒に冒されている可能性は高かった。
「息子さんは、どうしておられる?」
「それは心配おへん。お米が・・家内どすけど、不憫がって手塩にかけてました」
「お光さんには逢わせてはおられるか・・」
「世間憚るこっちの弱み握っとるよって朝から晩まで、酒びたりどっせ。居汚う酔潰れとっか、人見たら棘々しゅう絡むか・・とにかく飲ませんと暴れるんどす。そんな女のとこへこの子、近づけられんて」
「お内儀がそう、おっしゃったのか」
「はあ、ずっと」
 圭吾は冥目した。
お光が余りに哀れだった。
 播磨屋は、静かにいった。
「無論そうなったお光も不憫どす。何と言ってもわたいの子、二人も産んでくれたんどす、それなりの情はありますわいな。まあ、確かに世間体というもんも考えんわけではございまへん。世間さまは薄々播磨屋の跡取りが外に出来た子やと知ってはりますし。正吉のゆくすえのためにも、産みの母のお光、治してやっておくんなはれ」
「世間体の、ため―」
「いえいえこれは言葉が違いました。正直に申します。お光を日陰の可哀想なことにしておりますが―あて、やっぱりそばにいてもらいたいんどす。あての身勝手がお光も家内も苦しめておりますが―へえ、どうしても、も一遍、お光に元気になってもらいたいんどす。せんせ、どうかお願いいたします」
 播磨屋は座布団を降り、圭吾の前に手をついてまた深々と頭を下げた。
  


Posted by 渋柿 at 10:28 | Comments(0)