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Posted by さがファンブログ事務局 at 

2010年01月01日

「続伏見桃片伊万里」8

 安政六年正月望の日(十五日)さすがにこの日を小正月・女正月と呼んで、客の往来はせず自宅でのんびり過ごすという習慣は、京も圭吾のふるさとも変わらない。
 師の診療も今日は休みで、圭吾は一日を、師から拝借した医書の筆写に宛てるつもりだった。昼餉まで、ことなく過ぎた。
 玄関の方で、かんばしったような声がした。師の応える声。
(急患か。女の声、それも切迫しているようだが―)
「圭吾、圭吾」
すぐに、師が呼ぶ声がした。
「南禅寺堂町の播磨屋所縁の、場所は知っておるな」
「はい」
「すぐ、駆けてでも行ってもらいたい。赤子の様子が、な。隣のお内儀が駆け込んでまいられた」
「隣のお内儀が―」
「急いでくれ」
 圭吾は薬籠を持ったまま、堂町まで走った。

死んでいた。
 圭吾が駆けつけた時、すでにお筆は息をしていなかった。
それでも脈を見、瞼を開いて瞳を見、むつきをといて可愛らしいおいどまで見た。
眉間のあたりを合歓の花のようにぼおっと煙らせて、眠るように、生後五月という赤子は、事切れていた。
「せんせ・・」
 呼びかけたお光の目を見て、圭吾は黙って首を振った。お光の目は乾いていた。
 障子は開け放されているのに、暑い。
 この極寒の季節ゆえか、赤子の部屋にも関らず、火鉢にはカンカンに炭が熾っている。
(窒息死だ―)
 おそらく、寒くないよう、しっかりと口元まで布団をかけたのだろう。
まだ寝返りも打てない子の上に。
「おふで、めんね・めんね・・」
 正吉が、回らぬ舌で妹を覗き込む。
(小正月で、来ていたのじゃな)
「正吉!」
 お光が、息子を抱締めた。
「お筆はねんねやない、死んだんどす」
 空の一点を見据えて、呟く。
「うちが悪かった。お筆がよう寝とるうちたまっとる用済まそう思て、買もん・・」
「どれくらい、家を空けられたか?」
「小半刻。味噌買うて、青もん買うて・・留守番賃に正吉の饅頭まで」
 さすがに、声がつまった。
  


Posted by 渋柿 at 18:32 | Comments(0)