2010年01月07日
「続伏見桃片伊万里」13
「酒毒!」
「お筆が死んでから・・まあその前から少しづつ酒、隠れて飲んどったようどすけど、今はもう、手ぇつけられしまへん」
(去年の正月、からか)
「えろう痩せて、血の気ものうなって。ものも食べんと、それでも飲むんだす。もう、このままやったら死んでしまいます。はい、止めさせようとは致しました。でも酒、家からほっても、近頃はご近所酒ねだり歩くわ、只飲みして播磨屋の名ぁ出すわ・・悪知恵働かしよりますんだす」
「女中はおられにうのか」
師がきいた。
「はあ、家を持たせるとき付けようとしたんどすが、お光も女中上がり、遠慮いたしまして。家のことまめにする方だったしなあ」
(あの日、買い物に出す女中が居たなら)
お筆に何事もなかった、と圭吾は思った。
一年半近く前の
「娘の急死」。
心の傷ゆえの深酒、思えばその前からの
「うさ晴らし」
の隠飲癖であった。
肝の臓の性が男より弱い女の身である。
すでに酒毒に冒されている可能性は高かった。
「息子さんは、どうしておられる?」
「それは心配おへん。お米が・・家内どすけど、不憫がって手塩にかけてました」
「お光さんには逢わせてはおられるか・・」
「世間憚るこっちの弱み握っとるよって朝から晩まで、酒びたりどっせ。居汚う酔潰れとっか、人見たら棘々しゅう絡むか・・とにかく飲ませんと暴れるんどす。そんな女のとこへこの子、近づけられんて」
「お内儀がそう、おっしゃったのか」
「はあ、ずっと」
圭吾は冥目した。
お光が余りに哀れだった。
播磨屋は、静かにいった。
「無論そうなったお光も不憫どす。何と言ってもわたいの子、二人も産んでくれたんどす、それなりの情はありますわいな。まあ、確かに世間体というもんも考えんわけではございまへん。世間さまは薄々播磨屋の跡取りが外に出来た子やと知ってはりますし。正吉のゆくすえのためにも、産みの母のお光、治してやっておくんなはれ」
「世間体の、ため―」
「いえいえこれは言葉が違いました。正直に申します。お光を日陰の可哀想なことにしておりますが―あて、やっぱりそばにいてもらいたいんどす。あての身勝手がお光も家内も苦しめておりますが―へえ、どうしても、も一遍、お光に元気になってもらいたいんどす。せんせ、どうかお願いいたします」
播磨屋は座布団を降り、圭吾の前に手をついてまた深々と頭を下げた。
「お筆が死んでから・・まあその前から少しづつ酒、隠れて飲んどったようどすけど、今はもう、手ぇつけられしまへん」
(去年の正月、からか)
「えろう痩せて、血の気ものうなって。ものも食べんと、それでも飲むんだす。もう、このままやったら死んでしまいます。はい、止めさせようとは致しました。でも酒、家からほっても、近頃はご近所酒ねだり歩くわ、只飲みして播磨屋の名ぁ出すわ・・悪知恵働かしよりますんだす」
「女中はおられにうのか」
師がきいた。
「はあ、家を持たせるとき付けようとしたんどすが、お光も女中上がり、遠慮いたしまして。家のことまめにする方だったしなあ」
(あの日、買い物に出す女中が居たなら)
お筆に何事もなかった、と圭吾は思った。
一年半近く前の
「娘の急死」。
心の傷ゆえの深酒、思えばその前からの
「うさ晴らし」
の隠飲癖であった。
肝の臓の性が男より弱い女の身である。
すでに酒毒に冒されている可能性は高かった。
「息子さんは、どうしておられる?」
「それは心配おへん。お米が・・家内どすけど、不憫がって手塩にかけてました」
「お光さんには逢わせてはおられるか・・」
「世間憚るこっちの弱み握っとるよって朝から晩まで、酒びたりどっせ。居汚う酔潰れとっか、人見たら棘々しゅう絡むか・・とにかく飲ませんと暴れるんどす。そんな女のとこへこの子、近づけられんて」
「お内儀がそう、おっしゃったのか」
「はあ、ずっと」
圭吾は冥目した。
お光が余りに哀れだった。
播磨屋は、静かにいった。
「無論そうなったお光も不憫どす。何と言ってもわたいの子、二人も産んでくれたんどす、それなりの情はありますわいな。まあ、確かに世間体というもんも考えんわけではございまへん。世間さまは薄々播磨屋の跡取りが外に出来た子やと知ってはりますし。正吉のゆくすえのためにも、産みの母のお光、治してやっておくんなはれ」
「世間体の、ため―」
「いえいえこれは言葉が違いました。正直に申します。お光を日陰の可哀想なことにしておりますが―あて、やっぱりそばにいてもらいたいんどす。あての身勝手がお光も家内も苦しめておりますが―へえ、どうしても、も一遍、お光に元気になってもらいたいんどす。せんせ、どうかお願いいたします」
播磨屋は座布団を降り、圭吾の前に手をついてまた深々と頭を下げた。
Posted by 渋柿 at 10:28 | Comments(0)