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Posted by さがファンブログ事務局 at 

2010年01月12日

「続伏見桃片伊万里」21

 隣で微笑んでいるお登世の髪には、堂町のお光の店で圭吾が貰った、あの柞櫛がさしてある。
 お光も、粥の盛られた碗の、場違いな見事さには気が付いたようだ。
 目の高さに上げたり近づけて模様に見入ったりしている。
 そして、かなり時間こそかかったが、その一碗全部を食べることが出来た。
 一日、二日。
 薄紙をはぐようにお光の瞳に光が戻り、表情に豊かさを加えていった。
 隼人は母屋で診療を再開した。
 圭吾は離れに付き添って、お光に自分が病である自覚を持たせるべく、酒毒の機序を説いく。
 三日目の朝、粥を盛られた染付の碗を手にしたとき、お光の唇が動いた。
「柞の灰、どしたな」
「そう、これが柞灰の釉の染付さ」
「柞灰の釉」
「灰釉ってのは手がかかってな。柞の灰を水に入れてひたすら、灰汁を掬うんだ。毎日水替えて一月も二月も、ぬめりが完全になくなるまで」
「柞櫛もただ、磨くんどす」
 お光がいった。
 まだ緩慢、ぼそぼそとした口調で続ける。
「柞の木、幾月も陰干して、それ板に引いて櫛の型削って糸鋸で歯入れて、磨きます。とくさで十日、鹿の角でまた十日。一心に、手になじむまで」
「お光さん、柞櫛作って見んかの」
 突然、隼人がいった。
「何ぃ?」
「去年の野分で、伏見稲荷の杜ん奥で結構大きな柞の木倒れてそのままにしてあるって聞いた・・ような気がするんだ」
(いくら親が柞櫛職人でも・・無理だ)
「宮司どのに頼めば、譲っていただけよう。櫛にするほどなら、そう大きくは要るまいよ。どうかなお光さん?ひとつことをひたすら、やってみんか。むろん体をちゃんと治してからのことだが」
(作業療法か?)
 圭吾の視線に隼人は軽く頷く。
  


Posted by 渋柿 at 13:27 | Comments(0)