2015年05月12日
鯰酔虎伝 7
「皆さん、ペット飼ってらっしゃいますか?」
開口一番高座に上がった朝顔の声が、楽屋のスピーカーから流れてくる。
「ワンちゃんもニャンコちゃんも、可愛いですねえ。近頃犬猫OKのアパートも増えて、ペットと暮らしてる方も結構いらっしゃるんじゃないですか」
さっき袖から覗いたが、平日の昼席、前座三人で客引きをしても、十人に満たない。豊島演芸場の入りは、相変わらず悪かった。
「あたしもペットていうか、師匠を一匹、うちで飼っておりまして」
ずぶ、げほ。隣で一息入れていた二つ目が、茶に噎せた。
「この師匠、鯰ちゃんっていうんです。・・これが又、酒癖が悪くってねえ」
師匠、朝顔またあんな事いってますよ・・二つ目が鯰に囁く。前座はきっちり教えられた通りに演るのが原則だが居候も二年、とっくに師弟の力関係は逆転している。
いいんだよ、俺はほんとにあいつの居候だから・・鯰は苦笑した。
「店立て喰らって弟子んとこへ転がり込んだ事ぁ、こっちもまくらで喋ってる」
「ネタなんしょ?違うんですか」
「ネタでも洒落でもねえよ。正真正銘毎晩、枕並べて寝てらあ」
「ええっ」
芸能界の他のジャンルなら、スキャンダルにも問題にもなっただろう。この世界だって、眉顰めてる奴は多い。でも協会は内弟子制度を認め、併せて女性にも門戸を開いている。どこでどんな風に内弟子取ろうと真打の勝手、文句をいわれる筋合いはねえ。
「馬鹿野郎、妙な気ぃ回すな」
朝顔は酒莨色恋ご法度の前座の身だ。一応男帯の古いので、ちゃんと垣根は引いてる。
「押入れまでごちゃごちゃで・・仕方なかったんだよ!」
風呂トイレもないっていうから予想はしていたが、高座の着物と女房子の位牌骨壺持って転がり込んだとこは、大分時代が付いていた。通りに面した大家の二階家の裏の木造平屋、部屋は六つで廊下も軋む・・そりゃもうアパートていうより、まんま裏長屋だ。
私が入門した師匠です。一緒に暮らす事になりました、と朝顔は大家に引き合わせた。
「このお爺ちゃんと・・同棲?」
そりゃ当然だろうが、大家は呆れ返った。
「同棲って・・私が師匠に入門して、内弟子になったんです。で、その師匠が今まで借りてた家、家主さんが取り壊してマンション建てる事になって、行くとこなくなっちゃって」
「ふうん・・お爺ちゃん、あんた名前は?」
「・・夕顔亭鯰」
「夕顔亭・・鯰・・ねえ」
大家は暫く考えていた。
「あんた、ひょっとして、三道楽圓幽の弟子だった、三道楽幽鈴じゃねえかい」
「よくご存知で」
四十年前の、名前だ。
開口一番高座に上がった朝顔の声が、楽屋のスピーカーから流れてくる。
「ワンちゃんもニャンコちゃんも、可愛いですねえ。近頃犬猫OKのアパートも増えて、ペットと暮らしてる方も結構いらっしゃるんじゃないですか」
さっき袖から覗いたが、平日の昼席、前座三人で客引きをしても、十人に満たない。豊島演芸場の入りは、相変わらず悪かった。
「あたしもペットていうか、師匠を一匹、うちで飼っておりまして」
ずぶ、げほ。隣で一息入れていた二つ目が、茶に噎せた。
「この師匠、鯰ちゃんっていうんです。・・これが又、酒癖が悪くってねえ」
師匠、朝顔またあんな事いってますよ・・二つ目が鯰に囁く。前座はきっちり教えられた通りに演るのが原則だが居候も二年、とっくに師弟の力関係は逆転している。
いいんだよ、俺はほんとにあいつの居候だから・・鯰は苦笑した。
「店立て喰らって弟子んとこへ転がり込んだ事ぁ、こっちもまくらで喋ってる」
「ネタなんしょ?違うんですか」
「ネタでも洒落でもねえよ。正真正銘毎晩、枕並べて寝てらあ」
「ええっ」
芸能界の他のジャンルなら、スキャンダルにも問題にもなっただろう。この世界だって、眉顰めてる奴は多い。でも協会は内弟子制度を認め、併せて女性にも門戸を開いている。どこでどんな風に内弟子取ろうと真打の勝手、文句をいわれる筋合いはねえ。
「馬鹿野郎、妙な気ぃ回すな」
朝顔は酒莨色恋ご法度の前座の身だ。一応男帯の古いので、ちゃんと垣根は引いてる。
「押入れまでごちゃごちゃで・・仕方なかったんだよ!」
風呂トイレもないっていうから予想はしていたが、高座の着物と女房子の位牌骨壺持って転がり込んだとこは、大分時代が付いていた。通りに面した大家の二階家の裏の木造平屋、部屋は六つで廊下も軋む・・そりゃもうアパートていうより、まんま裏長屋だ。
私が入門した師匠です。一緒に暮らす事になりました、と朝顔は大家に引き合わせた。
「このお爺ちゃんと・・同棲?」
そりゃ当然だろうが、大家は呆れ返った。
「同棲って・・私が師匠に入門して、内弟子になったんです。で、その師匠が今まで借りてた家、家主さんが取り壊してマンション建てる事になって、行くとこなくなっちゃって」
「ふうん・・お爺ちゃん、あんた名前は?」
「・・夕顔亭鯰」
「夕顔亭・・鯰・・ねえ」
大家は暫く考えていた。
「あんた、ひょっとして、三道楽圓幽の弟子だった、三道楽幽鈴じゃねえかい」
「よくご存知で」
四十年前の、名前だ。
Posted by 渋柿 at 12:42 | Comments(0)