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Posted by さがファンブログ事務局 at 

2015年05月08日

鯰酔虎伝 5

「兎に角、他を当たってくれ」

「・・昨日の首屋・・よかったです」

「代バネだけどな。昨日の寄席、来てたのか」

「師匠の古典、初めて聞きました」

「気まぐれだよ」
 
 「首屋」は短い噺で、代演にちょうどいい。

「古典の人情噺も圓幽譲り、きちんとおできになるんですね。安心しました」

 さらっといってくれるぜ、失礼千万な事を。

「ほんとによかったです。自分の首売り歩くまで追い詰められた虚無っていうか男の自暴自棄も、それ引き摺り戻す女房の情も」

 師匠から習った「首屋」にゃあ、女房との世話場はなかった。俺が付け足したんだ。

「お願いです、弟子にして下さい。あっこれ、忘れてました。私の略歴です」

 履歴書めいたメモまで突きつける。おお、凄ぇ大学出てるじゃねえか。

「弱ったね・・どうも」

 俺ぁ七十五だぜ。それに弟子どころか、手前一人喰うのもままならないんだ。

「年寄りの一人暮らしだ、内弟子でもいいってなら・・そりゃちいと考えるけどな」

 こういやぁ、いくら何でも諦める。

「え・・勿論です。炊事も洗濯も掃除も、任せてください」

 そう、来たか。

「ところで俺、今、店立て喰っててね」

「店立て?」

「この家ぁ古い贔屓の持ち家だったんだけどね、先月亡くなって・・跡継いだ息子さんが出ていってくれって。この家潰してマンション建てるんだとさ。まあ一年家賃を溜めたのも悪いんだけど、宿無しになっちまうんだ」

 追い立て喰ってるってのは、嘘じゃない。

 オンボロ借家。終の棲家って思ってたけど、そういう訳にもいかなかった。まあ天涯孤独だし、いざとなりゃあ野垂れ死によ。今ぁあんまり聞かねえけど、昭和の二十年代までは、噺家の野垂れ死になんて珍しくもなかった。

「・・あんた、どこに住んでる?」

「西荻窪の・・アパートです。四畳半一間、お風呂はなくて、トイレは共用・・」

「そこに置いて貰えねえかな」
 
 どこの世界に、弟子に居候する師匠がいる。
 
 女は、暫く黙っていた。呆れたんだろうか、唇を噛んで拳を握りしめている。

 名前を、と女は挑むような目を向けた。  


Posted by 渋柿 at 17:40 | Comments(0)