2014年01月13日
初夏の落葉15
六年後。四月二九日、佐賀市文化会館大ホール、夕顔亭鯰・長楽亭京蔵落語二人会。
「鯰師匠、八十過ぎとは思えません。時代がやっと鯰に追いつきました」
トリの京蔵が、高座で話し出す。
「四十年前、高座で立ち上がっただけで破門でした。近頃じゃ命知らずの若手が逆立ちまでやってて・・先程の噺、ガンバレっていうんですけど、もう古典落語でいいです」
どっと受ける。
「大酒飲んでなぜか長生き、お呼びがあれば全国どこでも飛び回る夕顔亭鯰八十一歳。現役最高齢更新も、視野に入ってまいりました」
いかにも枯れた、古風な佇まいの老噺家が、立って踊って毒を吐き、高らかに歌い倒す。客は呆気に取られ、爆笑し、最後の「ガンバレ」のサゲには盛大な拍手が湧いていた。
「福岡まではよく来るんですけど、あたしが佐賀にお邪魔するのは十年振りです。そん時は弟弟子との二人会でございました」
カチガラスてんですか、パトカーみたいなのも初めて見まして、とご当地を持ち上げる。
「ちょうど今時分で、楠の燃える様な若葉が綺麗でした。楠の栄える国だからさがっていうんだって、意外と物知りな弟弟子が教えてくれたのを・・覚えております」
羽織の紐を解き、静かに脱いだ。
「この弟弟子、それから間もなく患い付いちまいまして。ええ、うちの師匠京治も今年七回忌ですが、同じ年、半年前に逝った長楽亭左京てのが、その物知りなんでございますよ」
湿っぽいマクラに、客席は白けている。構うものか、寄席とは違い、立前座の時間制限はかからない。たとえマクラで終わったって、今日七回忌の左京を語りたかった。
「有志の方々がご尽力くださいまして、左京追悼のCDが世に出ました。実は左京、生前一度だけ、ガンバレ演らされてましてねえ。葬式ん時そのビデオ流して大騒ぎになって、追悼CDにも収録されたんです」
そりゃあもう、大変でした・・京蔵は客席の白けを無視した。
「おかみさん、左京がガンバレっていい残したって、絶対に譲らない。参りました」
最期は手前にまで、サゲ付けやがった。「たがや」の「たがやあぁ」・・頑張らないと嘯いてた奴の最期、口を付いた言葉は「ガンバレ」。それが「ガンバレ」のサゲだった。
笑い事ではない。香盤だけは結構高い鯰も是非にと口を添え、連休のくそ忙しい中、ビデオ映像探し回らなければならなかった。
「うちの師匠は、ガンバレなんてよせやい、古典の名手だった左京の葬式だ、古典で送ろう、いっその事、最後の高座で送ってやりたいって、ぶつぶついってましたけど」
その録音はある。間と抑揚は確かに面目躍如。でも声は、往年の左京とは似ても似つかない。
最後の高座にあのネタ「六尺棒」を選んだ訳は、判る気がする。小憎らしい馬鹿息子と大甘の頑固親父・・あれは多分親父さんへの、詫びと感謝だ。入門の時の騒動は、俺も似たようなもの。
師匠は化けやがったぜと満足そうだったけど、これを化けたといやあ何だかお前が化けて出そうだ。
左京、勘弁してくれ。俺はまだ、師匠程の落語の耳がないんだろう。天下の京治が兜脱いだんだ、お前の最後の高座「六尺棒」は、きっと空前絶後の落語だったんだろう。
「おかみさん、お言葉ですがうちの人は古典の名手なんかじゃあございません、憚りながら落語の、名手だったんでございますってねえ・・あの、長楽亭京治に向かって啖呵ぁ切った。これにゃあ師匠も二の句が継げなくって・・惚れた欲目てえのは、本当に怖ろしい」
笑っていいのか、客は困惑している。
(相変わらず、だなぁ)
地方では生の落語を聞く機会など、年にそう何度もないのだろう。豊島の常連客の様な、阿吽の呼吸は望めない。やっぱり違いますね、けど、どう転ぶか皆目見当つかないてのも面白かったですよ・・左京も苦笑していた。
皆様木戸銭を払ってお入りになっております、と京蔵は六分程の入りの客席を見る。
「世の中著作権てえものがある事はご案内と思いますが、最近、CDを動画投稿する方がいらして、噺家はおまんまの食い上げです」
ここでやっと、客が笑った。
「まあ左京を埋もれさせちゃあ勿体ないんで、堅い事もいえない。あれで元祖鯰師匠も復活したんだってもっぱらの噂で。師匠は絶対そんな事ぁないって、意地張ってますけどね」
鯰へ向けてだろう、拍手が起こる。
「兎に角今日現在、ガンバレ左京バージョンの再生数、何と百万を超えております。中にゃあ、ガンバレの動画で初めて長楽亭左京を知った、ずっと前に亡くなってたと判ってびっくりした、なんてえ方も結構たくさんいらっしゃいますしねえ」
「鯰師匠、八十過ぎとは思えません。時代がやっと鯰に追いつきました」
トリの京蔵が、高座で話し出す。
「四十年前、高座で立ち上がっただけで破門でした。近頃じゃ命知らずの若手が逆立ちまでやってて・・先程の噺、ガンバレっていうんですけど、もう古典落語でいいです」
どっと受ける。
「大酒飲んでなぜか長生き、お呼びがあれば全国どこでも飛び回る夕顔亭鯰八十一歳。現役最高齢更新も、視野に入ってまいりました」
いかにも枯れた、古風な佇まいの老噺家が、立って踊って毒を吐き、高らかに歌い倒す。客は呆気に取られ、爆笑し、最後の「ガンバレ」のサゲには盛大な拍手が湧いていた。
「福岡まではよく来るんですけど、あたしが佐賀にお邪魔するのは十年振りです。そん時は弟弟子との二人会でございました」
カチガラスてんですか、パトカーみたいなのも初めて見まして、とご当地を持ち上げる。
「ちょうど今時分で、楠の燃える様な若葉が綺麗でした。楠の栄える国だからさがっていうんだって、意外と物知りな弟弟子が教えてくれたのを・・覚えております」
羽織の紐を解き、静かに脱いだ。
「この弟弟子、それから間もなく患い付いちまいまして。ええ、うちの師匠京治も今年七回忌ですが、同じ年、半年前に逝った長楽亭左京てのが、その物知りなんでございますよ」
湿っぽいマクラに、客席は白けている。構うものか、寄席とは違い、立前座の時間制限はかからない。たとえマクラで終わったって、今日七回忌の左京を語りたかった。
「有志の方々がご尽力くださいまして、左京追悼のCDが世に出ました。実は左京、生前一度だけ、ガンバレ演らされてましてねえ。葬式ん時そのビデオ流して大騒ぎになって、追悼CDにも収録されたんです」
そりゃあもう、大変でした・・京蔵は客席の白けを無視した。
「おかみさん、左京がガンバレっていい残したって、絶対に譲らない。参りました」
最期は手前にまで、サゲ付けやがった。「たがや」の「たがやあぁ」・・頑張らないと嘯いてた奴の最期、口を付いた言葉は「ガンバレ」。それが「ガンバレ」のサゲだった。
笑い事ではない。香盤だけは結構高い鯰も是非にと口を添え、連休のくそ忙しい中、ビデオ映像探し回らなければならなかった。
「うちの師匠は、ガンバレなんてよせやい、古典の名手だった左京の葬式だ、古典で送ろう、いっその事、最後の高座で送ってやりたいって、ぶつぶついってましたけど」
その録音はある。間と抑揚は確かに面目躍如。でも声は、往年の左京とは似ても似つかない。
最後の高座にあのネタ「六尺棒」を選んだ訳は、判る気がする。小憎らしい馬鹿息子と大甘の頑固親父・・あれは多分親父さんへの、詫びと感謝だ。入門の時の騒動は、俺も似たようなもの。
師匠は化けやがったぜと満足そうだったけど、これを化けたといやあ何だかお前が化けて出そうだ。
左京、勘弁してくれ。俺はまだ、師匠程の落語の耳がないんだろう。天下の京治が兜脱いだんだ、お前の最後の高座「六尺棒」は、きっと空前絶後の落語だったんだろう。
「おかみさん、お言葉ですがうちの人は古典の名手なんかじゃあございません、憚りながら落語の、名手だったんでございますってねえ・・あの、長楽亭京治に向かって啖呵ぁ切った。これにゃあ師匠も二の句が継げなくって・・惚れた欲目てえのは、本当に怖ろしい」
笑っていいのか、客は困惑している。
(相変わらず、だなぁ)
地方では生の落語を聞く機会など、年にそう何度もないのだろう。豊島の常連客の様な、阿吽の呼吸は望めない。やっぱり違いますね、けど、どう転ぶか皆目見当つかないてのも面白かったですよ・・左京も苦笑していた。
皆様木戸銭を払ってお入りになっております、と京蔵は六分程の入りの客席を見る。
「世の中著作権てえものがある事はご案内と思いますが、最近、CDを動画投稿する方がいらして、噺家はおまんまの食い上げです」
ここでやっと、客が笑った。
「まあ左京を埋もれさせちゃあ勿体ないんで、堅い事もいえない。あれで元祖鯰師匠も復活したんだってもっぱらの噂で。師匠は絶対そんな事ぁないって、意地張ってますけどね」
鯰へ向けてだろう、拍手が起こる。
「兎に角今日現在、ガンバレ左京バージョンの再生数、何と百万を超えております。中にゃあ、ガンバレの動画で初めて長楽亭左京を知った、ずっと前に亡くなってたと判ってびっくりした、なんてえ方も結構たくさんいらっしゃいますしねえ」
Posted by 渋柿 at 16:40 | Comments(0)