スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新の無いブログに表示されています。
新しい記事を書くことで広告が消せます。
  

Posted by さがファンブログ事務局 at 

2014年01月01日

初夏の落葉5

 遺体はどてっ腹にしこたまドライアイス置いて、エアコン効かせた座敷に寝かされていた。河岸の魚じゃあるまいし、本通夜まで斎場の冷蔵庫に突っ込んどきゃいいのによ。

 気丈の糸は、ぷつん。女房のあかねは、布団の中でぼろぼろ泣いていた。
 二日間、働き抜いた。

 手伝いの飯を作り、弔問客に茶、相手によっては酒を出す。香典の胸算用をして、葬式の段取りをつける。夜は夜で左京に寄り添いドライアイスを取り換え、線香を絶やさない。見かねた左京の兄姉達が、納戸に寝かせてくれた。
寝息まで、今度はこっちが飼猫のミミと寄り添った。

 やっと落語だけで喰える様になってきてたのに・・この猫と、置いてきぼり。

 一緒になった頃はまだ二つ目、寄席の割りじゃお米も買えなかった。イベントの司会、趣味が身を助けるギターやピアノの弾き語り、蕎麦屋に寿司屋・居酒屋での座興、必死で稼いだ。公民館では、前座噺から音曲色物・トリの大ネタまで全部一人でこなしたりもした。でも追いつかない。音楽大学を出て師範の免状も持つ筝曲奏者のあかねが、遣り繰りを支えてくれた。去年の今頃から繰り返した入退院、先のない、辛い看病をさせた。

 手に職があるのがせめてもだ。平均寿命で考えりゃ、あと四十年。長いだろうな。ミミもいるけど、猫は猫。いつかもうひと花咲かせる日があるなら・・それもいい。大変だろうけどこの世間の荒波、何とか頑張ってくれ。

「後悔先に立たず、だな」
 後を絶たず、ってとこか・・突然声がした。

「誰だ!」

 みゃあぉ、ミミが中空に鳴いた。

 人影が浮かんでいる。髪は古箒。頬はこけ、青白い顔。薄汚れた単衣にぼろぼろの帯。

「なんだ、お前か」
 厭になるくらい、こいつの役は演っている。
「枕元に居なくていいのか」

「息が切れちまったから、もういいんだよ」

 そのものずばり、死神が現れる噺がある。こいつが枕元に居たら、もう絶対助からない。

「まさか、本当にお前さんが出るとはなあ」
「これが、俺達の仕事さ」

「あの世に・・連行か」
「ああ、葬式が済んだらな。でもその前に」
 ちょっとテストを受けて貰う、死神は懐から紙と鉛筆を取り出した。

「何だ?テストだあ?」
「こっちい来な」
 
 みゃあ、なぜかミミまで付いてくる。

 姉達が綺麗に片付け引き上げた座敷、祭壇の線香も絶えていた。ドライアイスの交換までまだ間があるのか、前座が舟を漕いでいる。

(まさか間違いがあっちゃいけない、ってか)

 こっ恥ずかしいけど鴛鴦夫婦で通って来た。一人残ってしまったあかねが心配だったんだろう、余りない事だが、前座達は交替の不寝番を買って出ていた。

 マークシートになってるけど、チェックだけでもいいぞと死神が紙を渡す。
「何だ?酒が原因で仕事に支障を来たした事がありますか?はい、いいえ・・」
「正直に回答するんだぜ」

「何でこんなのやんなきゃならないんだ?」
「意味はない。ただの洒落・・」

「勘弁してくれよ。・・適量でやめようと思っても、つい酔い潰れるまで飲んでしまう事がありますか?酒癖が悪いといわれた事がありますか・・?何だこりゃあ!嫌がらせか」

「全部、当てはまってるか」
「大概の噺家は、当てはまらあ」

 はまらない奴を探す方が難かしい。

 びく、前座が動いて、左京は口を押えた。

「大丈夫だ、俺達は生きてるもんにゃあ見えないし、声も聞こえない」

(ミミは、感じてる様だがな・・)
 
  


Posted by 渋柿 at 18:49 | Comments(0)