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Posted by さがファンブログ事務局 at 

2014年01月05日

初夏の落葉9

「化けたなっていったよ、京治師匠」

 化ける。芸が豹変し、客に大受けする事。

「親父思い出したよってさ、入門以来初めて、褒められたんだ」
「聞いてた。名人京の輔と並べられたなあ」

「お前、ずっと取り憑いてたのか」
「ああ。もう一度声さえ出りゃあってお前、呻いてた時も・・見てた」

「それじゃ、お前、ひょっとして・・」

 体の違和感は随分前から感じていたが、医者にはいかなかった。
(思えば・・)

 日本全国、随分回った。といってもそれがハコものとその周辺、文化センターとか市民会館限定なのだから笑える。薩長土肥は江戸っ子の仇だと定席では嘯きつつ、鹿児島・山口・高知には裏を返したし、佐賀でだって四年前、文化会館で兄弟子と二人会を演った。

 兎に角、寄席や落語会が忙し過ぎた。

 豊島の下席でトリを取っていた去年の四月、突然噎せ、倒れた。水もうまく飲み込めないし、囁き声しか出ない。

 予定されていた連休五月頭の地方公演、栃木の落語会は色んなしがらみでキャンセルできず、不本意なままマイク音量で誤魔化そうとしたが、誤魔化し切れなかった。

 入院後も声は一向に戻らない。

 付き合いよくやつれた顔だったから随分思い悩んだのだろう、癌の浸潤が声帯の神経まで冒している、あかねは本当の診断を告げた。

(声戻すには年単位のリハビリが要るけど、命の方が、多分もう持たない・・か)

 余命半年を冷静に受け入れると、そこまで亭主を買い被りやがった。

「話してくれて・・ありがとう」
 仕方ない。隙間風の声で、カッコ付けて笑ってみせる。

 といっても声が出ない噺家じゃあ、もう手も足も出ない。お手上げだ、どうすりゃいいんだ。あの、取り敢えず誤魔化そうとして駄目だった不本意な噺が、最後の高座になっちまうのか。このまま手前にサゲも付けず、尻切れ蜻蛉に死ぬだけなのか・・深夜のベッドで、一人呻いた。

「お前なのか?奇跡だっていわれた。・・声、それと時間を、くれたのか?」

 肺癌の末期、ごく稀にはある事らしい。

「ああ・・本当は、十年くらい延ばしてやりたかったんだ。すまん、俺にゃあ半年が精一杯だった。神の字なんて付いちゃあいるけど、所詮下っ端なんだよ」

 それで連休にずれ込んじまったと頭を搔く。

「勝手なまねしたら、お前・・」
「なあに、貧乏神に転職すりゃ済む事だ」

「転職って・・」
「俺にゃあどうもそっちの方が性に合ってるみたいだし、男やもめんとこでお三どんでもするさ」

「そりゃ別の噺だろ」

 上方落語の「貧乏神」。柳小夢のおはこだ。
  


Posted by 渋柿 at 18:50 | Comments(0)