2014年01月02日
6初夏の落葉
(楽屋花かぁ?)
何だこりゃと突っ込みたくなる華やかな供花は、白菊の疎らな祭壇とはどうにもちぐはぐだった。どこの葬式に大輪の薔薇なんか飾るってんだ。西洋蘭、まるで温室じゃねえか。何考えてんだか、向日葵まで咲いてやがる。
長楽亭左京葬儀告別式は、雨の中。死亡記事も出たし、木戸無料で続けてきた地元の会もある。参列者は予想より多かった。斎場の庭に、急遽テントが張られる。
「去年の秋でしたか、やっと退院できましたって寄席に戻ったのに」
「その後もすぐ、倒れてたそうですよ」
「知りませんでした。会もあちこち出てたし」
「病気が深刻って事、ぎりぎりまで隠して」
「噺も様子も、綺麗な人でしたねえ・・もう出ませんよ、あんな本寸法な噺家は」
囁いている会葬者は、贔屓の寄席通だろう。
読経。ガラガラガチャン、鐃はちが鳴り余り長くもない読経が済むと、ご焼香と声がかかり、ホールの戸が開いた。
最初は喪主の女房と葬儀委員長の京治師匠。遺族席の兄と姉、連合い、甥姪達、あかねの親族も香を手向ける。続く噺家は大むね香盤順。
中程に、若い噺家が立った。尖った視線を細い体に浴びている。道丸・・苦い思いが甦った。
(針の蓆だろ・・俺の葬式なんて)
昇進試験の意外な結果に道丸は、一転悪役となってしまった。そしてへべれけで試験に来た左京は、なりゆきまるで悲劇の主人公。
焼香の列が長く続き、やっと終わった。
「頑張るなんてやめようよぅ、どうせ世の中変りゃしないんだから・・そう思いません?」
場違いな明るい声が響きわたった。出囃子部分は初めからカットされていたのか、追悼ビデオは唐突に始まった。
何だぁ?「ガンバレ」だ、酷いなあ、あの鯰師匠の?演るに事欠いて何で、左京さん本当に酔っ払ってるよ・・ざわつきは、すぐに愛想のない静けさに戻る。引いてる。そりゃそうだろう。ここは鯰ファン生息地じゃない。
仁王立ちに奇声なんて、どこが本寸法な噺家だ。自分なり工夫と計算は凝らしたんだが、やり過ぎた。鯰と同じくらい・・狂ってる。
「結局この野郎がいい遺した言葉は・・笑っちゃいますけど、ガンバレ」
サゲまで辿り着いてもシーンとしたまま、追悼放映お約束の、拍手もなかった。
大ネタの古典落語で送って貰う筈だったのに・・悪気はなかったろうが、鯰が恨めしい。
「左京さんは、本当に芯から落語が好きな人でした」
そしてとうとう、落語と心中してしまいました・・余計なお世話だ!
頑固な美学とか、絶妙の話術、落語の天才とか、歯の浮く様な弔辞が続く。
(それなら何で生きてるうちいってくれなかったんだよう・・本当にそう思ってたなら)
それでもって幾らネタがアレだからって、仮にも追悼ビデオだぞ。高座には精魂込めたんだ。そりゃ弔いだ、爆笑しろってのも無茶だけど、拍手もないなんて随分じゃねえか。上等だ。京治の複製とか、食堂のサンプルだとか、いってたなあ知ってるんだ。
最後のお別れを、と声がかかると、黒紋付の一団がどどどと押し寄せた。何だ?訳が判らない。追悼放映じゃつれない素振りで、ツンデレかよ。女子高生じゃあるまいし。
前座が慌てて、スタンドの供花を総浚いする。
既に酔っ払った鯰、それを支える兄弟子の長楽亭京蔵。楽屋で口もきかなかった奴、一遍張り倒してやりたかった野郎まで皆な啜り泣いて花を置く。道丸も、頬を濡らしカーネーションを置いていた。寄席の常連、地元の客。スイトピー、薔薇、西洋蘭・・質素な棺は、涙と共に何とも華やかな色で満たされる。
水臭いで左京さん、黙ったままって・・最後に大輪の鹿子百合を置き号泣したのは、大阪から駆けつけた柳小夢だった。
何だこりゃと突っ込みたくなる華やかな供花は、白菊の疎らな祭壇とはどうにもちぐはぐだった。どこの葬式に大輪の薔薇なんか飾るってんだ。西洋蘭、まるで温室じゃねえか。何考えてんだか、向日葵まで咲いてやがる。
長楽亭左京葬儀告別式は、雨の中。死亡記事も出たし、木戸無料で続けてきた地元の会もある。参列者は予想より多かった。斎場の庭に、急遽テントが張られる。
「去年の秋でしたか、やっと退院できましたって寄席に戻ったのに」
「その後もすぐ、倒れてたそうですよ」
「知りませんでした。会もあちこち出てたし」
「病気が深刻って事、ぎりぎりまで隠して」
「噺も様子も、綺麗な人でしたねえ・・もう出ませんよ、あんな本寸法な噺家は」
囁いている会葬者は、贔屓の寄席通だろう。
読経。ガラガラガチャン、鐃はちが鳴り余り長くもない読経が済むと、ご焼香と声がかかり、ホールの戸が開いた。
最初は喪主の女房と葬儀委員長の京治師匠。遺族席の兄と姉、連合い、甥姪達、あかねの親族も香を手向ける。続く噺家は大むね香盤順。
中程に、若い噺家が立った。尖った視線を細い体に浴びている。道丸・・苦い思いが甦った。
(針の蓆だろ・・俺の葬式なんて)
昇進試験の意外な結果に道丸は、一転悪役となってしまった。そしてへべれけで試験に来た左京は、なりゆきまるで悲劇の主人公。
焼香の列が長く続き、やっと終わった。
「頑張るなんてやめようよぅ、どうせ世の中変りゃしないんだから・・そう思いません?」
場違いな明るい声が響きわたった。出囃子部分は初めからカットされていたのか、追悼ビデオは唐突に始まった。
何だぁ?「ガンバレ」だ、酷いなあ、あの鯰師匠の?演るに事欠いて何で、左京さん本当に酔っ払ってるよ・・ざわつきは、すぐに愛想のない静けさに戻る。引いてる。そりゃそうだろう。ここは鯰ファン生息地じゃない。
仁王立ちに奇声なんて、どこが本寸法な噺家だ。自分なり工夫と計算は凝らしたんだが、やり過ぎた。鯰と同じくらい・・狂ってる。
「結局この野郎がいい遺した言葉は・・笑っちゃいますけど、ガンバレ」
サゲまで辿り着いてもシーンとしたまま、追悼放映お約束の、拍手もなかった。
大ネタの古典落語で送って貰う筈だったのに・・悪気はなかったろうが、鯰が恨めしい。
「左京さんは、本当に芯から落語が好きな人でした」
そしてとうとう、落語と心中してしまいました・・余計なお世話だ!
頑固な美学とか、絶妙の話術、落語の天才とか、歯の浮く様な弔辞が続く。
(それなら何で生きてるうちいってくれなかったんだよう・・本当にそう思ってたなら)
それでもって幾らネタがアレだからって、仮にも追悼ビデオだぞ。高座には精魂込めたんだ。そりゃ弔いだ、爆笑しろってのも無茶だけど、拍手もないなんて随分じゃねえか。上等だ。京治の複製とか、食堂のサンプルだとか、いってたなあ知ってるんだ。
最後のお別れを、と声がかかると、黒紋付の一団がどどどと押し寄せた。何だ?訳が判らない。追悼放映じゃつれない素振りで、ツンデレかよ。女子高生じゃあるまいし。
前座が慌てて、スタンドの供花を総浚いする。
既に酔っ払った鯰、それを支える兄弟子の長楽亭京蔵。楽屋で口もきかなかった奴、一遍張り倒してやりたかった野郎まで皆な啜り泣いて花を置く。道丸も、頬を濡らしカーネーションを置いていた。寄席の常連、地元の客。スイトピー、薔薇、西洋蘭・・質素な棺は、涙と共に何とも華やかな色で満たされる。
水臭いで左京さん、黙ったままって・・最後に大輪の鹿子百合を置き号泣したのは、大阪から駆けつけた柳小夢だった。
Posted by 渋柿 at 16:09 | Comments(0)