2014年01月07日
初夏の落葉11
「葬式で一緒だったとは、いわなかったな。さっきは、弔いの幽霊のいってたのに」
「あそこは、客が若かった。こんな客層じゃ、葬式だのは口にしちゃいけないんだ」
じゃあ、俺がいるって知れば驚くな、死神が厭な笑い方をした。
「どうやら、鯰師匠も復活された様です。前座は、この辺で失礼いたします」
京蔵は、自分で座布団を返して引っこんだ。
「すいません、あたし酔っ払ってます」
何とも危い足取りで出て来た鯰は、回らぬ呂律でこういい放った。
「左京が、死んじゃった。で、骨あげ済ませてまっすぐこっちぃ来たよ」
やっちまった。白髪が揺れてる。こりゃ俺が焼けてる間も、しこたま飲ったに違いない。
「長楽亭左京だよ。あれ、知らないの?」
京治じゃあなくてその弟子の左京、といわれても、爺さん婆さんは困惑している。
「ほんとに知らないの?ほんと?ほら、真打昇進試験落としたら席亭が怒っちゃって、それで昇進試験の方がなくなっちゃった奴」
やめろ恥ずかしい。
「黒羽二重の紋付着てやがってよ。どうせ燃えちまうんだから、ひっぺがしゃよかった」
奪衣婆か。
「・・降ろさなきゃ」
京蔵のいる控室の方を見た。鯰は泥酔状態、このままでは、残った数少ない仕事先まで失ってしまう。
「降ろしてどうする」
「兄さんなら、何とかできる。・・そうだなあ、毒喰らわば皿、らくだに持っていって、お騒がせいたしましたと締められりゃあ・・」
「らくだ」には鯰が口走ったそのまま、弔いに死体と焼き場、酔っ払いまで出てくる。兎に角、開き直ってこの場を収めるしかない。
古典落語でもかなり難かしい大ネタだが、京蔵兄さんなら演れる。
「それじゃあ、今度は鯰が京蔵を・・」
「大丈夫だ。そこは感心なんだがな、鯰師匠、高座引き摺り降ろされた事はあっても、噺演ってるもんを降ろした事は、まだ一度もない」
最前列の老婦人が、左京さんはお幾つだったんです、と尋ねた。
「四十五・・」
「うちの子と、同じですか」
末っ子の葬式、親父とお袋は見ずに済んだ。
「あいつ、いってたよ」
鯰が、酒臭いだろう息を吐いた。
「噺家には種類がある。コツコツ一生懸命努力する奴、噺なんざ五つか十しかできなくても、テレビで売れる奴。売れりゃあそれもいい。一番なりたくないのは・・」
言葉が、切れた。泣いている。
(コツコツ努力して、お骨になっちまう奴。それだけにはなりたくない。名人コースっていうか、きっと花を開かせてみせる・・か)
なりたくないも何も、もうお骨だ。
「馬鹿野郎!何で本名のまま死んじまったんだ。名人になり損ねやがって」
若き日の鯰は、正統の古典落語で高い評価を得ていたという。「ガンバレ」がなかったら、今頃名人と呼ばれていたかもしれない。
(まあ、それも自分で選んだ道なんだが・・)
「左京、そこにいるな!」
突然、鯰が吼えた。こっちを見ている。
「死神のネタおはこだったよな。日頃の付き合い、一緒に来てるんだろ」
目が、据わっていた。
「おい、この爺さん俺達が見えるのか」
死神が狼狽える。左京は高座の真ん前にいき、あかんべえをした。視線は、動かない。
「鯰師匠の悪い癖だ、酔っ払うてえと死神が来てるって騒ぐ」
「そうか、そうだろうなあ・・その筈だ」
死神さん、聞いてくれ、と鯰が絶叫した。
「おらあ大丈夫、っていったんだ。でも京治師匠が心配してな、真打京蔵がお供よ。京治師匠はいい人だね。ほら、あの命の蝋燭ってあるでしょ。京治師匠はあんまり若いうち世に出て、やっと今歳が芸に追いつくとこ。あっさり消さないでくれよ、左京みたいにさあ」
(世に一人は、切り替えができない芸人・・)
いてもいいんだろう。
「あそこは、客が若かった。こんな客層じゃ、葬式だのは口にしちゃいけないんだ」
じゃあ、俺がいるって知れば驚くな、死神が厭な笑い方をした。
「どうやら、鯰師匠も復活された様です。前座は、この辺で失礼いたします」
京蔵は、自分で座布団を返して引っこんだ。
「すいません、あたし酔っ払ってます」
何とも危い足取りで出て来た鯰は、回らぬ呂律でこういい放った。
「左京が、死んじゃった。で、骨あげ済ませてまっすぐこっちぃ来たよ」
やっちまった。白髪が揺れてる。こりゃ俺が焼けてる間も、しこたま飲ったに違いない。
「長楽亭左京だよ。あれ、知らないの?」
京治じゃあなくてその弟子の左京、といわれても、爺さん婆さんは困惑している。
「ほんとに知らないの?ほんと?ほら、真打昇進試験落としたら席亭が怒っちゃって、それで昇進試験の方がなくなっちゃった奴」
やめろ恥ずかしい。
「黒羽二重の紋付着てやがってよ。どうせ燃えちまうんだから、ひっぺがしゃよかった」
奪衣婆か。
「・・降ろさなきゃ」
京蔵のいる控室の方を見た。鯰は泥酔状態、このままでは、残った数少ない仕事先まで失ってしまう。
「降ろしてどうする」
「兄さんなら、何とかできる。・・そうだなあ、毒喰らわば皿、らくだに持っていって、お騒がせいたしましたと締められりゃあ・・」
「らくだ」には鯰が口走ったそのまま、弔いに死体と焼き場、酔っ払いまで出てくる。兎に角、開き直ってこの場を収めるしかない。
古典落語でもかなり難かしい大ネタだが、京蔵兄さんなら演れる。
「それじゃあ、今度は鯰が京蔵を・・」
「大丈夫だ。そこは感心なんだがな、鯰師匠、高座引き摺り降ろされた事はあっても、噺演ってるもんを降ろした事は、まだ一度もない」
最前列の老婦人が、左京さんはお幾つだったんです、と尋ねた。
「四十五・・」
「うちの子と、同じですか」
末っ子の葬式、親父とお袋は見ずに済んだ。
「あいつ、いってたよ」
鯰が、酒臭いだろう息を吐いた。
「噺家には種類がある。コツコツ一生懸命努力する奴、噺なんざ五つか十しかできなくても、テレビで売れる奴。売れりゃあそれもいい。一番なりたくないのは・・」
言葉が、切れた。泣いている。
(コツコツ努力して、お骨になっちまう奴。それだけにはなりたくない。名人コースっていうか、きっと花を開かせてみせる・・か)
なりたくないも何も、もうお骨だ。
「馬鹿野郎!何で本名のまま死んじまったんだ。名人になり損ねやがって」
若き日の鯰は、正統の古典落語で高い評価を得ていたという。「ガンバレ」がなかったら、今頃名人と呼ばれていたかもしれない。
(まあ、それも自分で選んだ道なんだが・・)
「左京、そこにいるな!」
突然、鯰が吼えた。こっちを見ている。
「死神のネタおはこだったよな。日頃の付き合い、一緒に来てるんだろ」
目が、据わっていた。
「おい、この爺さん俺達が見えるのか」
死神が狼狽える。左京は高座の真ん前にいき、あかんべえをした。視線は、動かない。
「鯰師匠の悪い癖だ、酔っ払うてえと死神が来てるって騒ぐ」
「そうか、そうだろうなあ・・その筈だ」
死神さん、聞いてくれ、と鯰が絶叫した。
「おらあ大丈夫、っていったんだ。でも京治師匠が心配してな、真打京蔵がお供よ。京治師匠はいい人だね。ほら、あの命の蝋燭ってあるでしょ。京治師匠はあんまり若いうち世に出て、やっと今歳が芸に追いつくとこ。あっさり消さないでくれよ、左京みたいにさあ」
(世に一人は、切り替えができない芸人・・)
いてもいいんだろう。
Posted by 渋柿 at 20:44 | Comments(0)