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Posted by さがファンブログ事務局 at 

2011年04月20日

劉禅拝跪(14)

「私には槍もございますれば。あっ、これ、鄧忠殿にもそなたの剣を」
 
 傍らの卒に命じる。だが・・

「いや。鄧忠に剣は、い、要らぬ」

「えっ!」
「父上!」

 鄧忠は父の顔を見つめた。驚きは一瞬で消えた。微かに笑い、頷く。
 
 鄧艾は一旦腰に帯びた剣を、また外した。呆然としている田続の手に、剣を渡す。

「で、田続、我が佩剣をもって、命ずる。我等親子の首を刎ねて持ち帰り、衛瓘殿に、ほ、奉じよ」

「ななな、何を仰います」

 田続は驚愕の余り、まるで鄧艾のように言葉を閊えさせる。

「田続殿」
 鄧忠が、また父の言葉を補った。

「恐らく、成都の諸将は、我等に味方はいたしますまい」

「だが、共に山中を突破した将卒はおりますぞ。一度将軍に命を預けた者達、最後まで将軍を裏切ることなど・・」

「そして玉と砕けますか」
 
 他の魏将たちの味方は望めぬ以上、孤立して全滅することは目に見えている。

「それは・・」

「もうよい。我等と運命を共にすることはない。皆、妻子の許へ帰るのです」
 
 鄧艾も、息子の言葉に無言で大きく頷いた。暫く、卒の持つ松明が爆ぜる音だけが続く。

「そ、外に出よう」
 鄧艾が鄧忠にいった。

「お寒くはございませんか」
「こ、これから首がお、落ちるのじゃぞ」

「そうでしたな。部屋の窓を壊された上、部屋まで汚されたら、家主殿にも災難じゃ」
 
 鄧艾と鄧忠は、窓から外へ出た。卒の松明の下に、胡座する。

「将軍、鄧忠殿、逃げましょう!成都には戻りませぬ。他の将卒も巻き込みませぬ。ともかく逃れましょう」
 窓辺で、田続は叫んだ。

「む、無駄!」

「ご一緒に逃げてくださらぬのなら・・」

 田続は、剣を自分の首筋に当てた。命を賭けて、鄧艾に逃亡を勧めるつもりだった。

「田続を、止(とど)めよ!」

 鄧艾が一喝した。閊(つか)えぬ、滑(なめ)らかな声。弾かれたように左右の卒は田続の両手に取り付き、剣を奪った。

「あっ・・」

 松明を持ってただ一人窓の外に立っていた卒が、悲痛な声を発した。

 低い、鈍い音が続いた。一瞬の事だった。鄧艾と鄧忠は、この屋の石の階(きざはし)に・・頭を打ち付けていた。

 田続は窓を乗り越えて駆け寄った。

「鄧艾将軍!鄧忠殿!」
 
 答えはない。二人とも、既に死んでいた。

「・・鄧艾将軍・・鄧忠殿」

 田続はふらふらと跪いて拝礼した。

(無念の思いを残して死んだ者の目は、見開かれたままだというが・・)

 松明の光が照らす二人の死に顔は、安らかに瞑目していた。 .  


Posted by 渋柿 at 15:43 | Comments(0)