2015年04月26日

鯰酔虎伝 2

「薩長土肥の方の、肥前か」

「ええ、ばりばり、江戸っ子の仇」

「そりゃ、高座で嘯いてるだけさ」

 噺家なんてだらしがない。戊辰の恨みと田舎者馬鹿にしたって、鹿児島・山口・高知・佐賀、呼ばれりゃどこでも機嫌を伺ってる。

 飯椀を取り上げると、塩気は梅でという。白粥に大きな梅干しが一つ。種は除いてある。

「そうか・・塩、切らしてたんだ」

「・・何もなくて、びっくりしました」

「酒さえありゃ、いいんだ」

 お茶が出る。三つ葉の浸しにゃあ微かに山椒の香りがした。女房が庭に植えておいてくれて雑草との競争に耐えてきた草木。それも、根こそぎブルトーザーが削っちまう。

 それにしてもこの女、米味噌にお茶ッ葉まで持って、一体何しに来たんだ。 

「師匠、楽屋口でも居酒屋でも申しましたが」
 
 どうも昨日から一緒だったらしいけどな、こっちゃあ、何も覚えてねえんだよ!

「弟子にして下さい」

 ぷっぷぷぅ、茶を吹いた。

「あんた、噺家になろうてのかい?」

 真打の噺家は、弟子を取ることができる。噺家になる為の条件は唯一つ、真打の噺家に入門を許される事。他には何もない。

 これは詰まらないものですが、と女は紙袋を差し出した。入門願いの手土産の積りらしい。中からは洒落じゃなくて、ちまちま小分けされた米味噌茶の葉に梅干しが出てくる。

「おととい、田舎の母から届きました。うち、農家なんです。伊万里には西九州一の梅園があって、これ、そこで採れた南高梅を母が漬けたんです。味噌だって手作りですよ。お茶も米も父と母が作ってて・・」

「これで、さっきの朝飯、作ってくれたのか」

 とんだ手土産に、手ぇ付けちまった。

「明日から、こちらに通ってよろしいでしょうか?親も承知しておりますので、すぐにでも、電話で挨拶させます」

(よく知ってやがる)

 入門には、原則として親の同意が要る。

「正気の沙汰じゃ、ねえな」

「女だからですか?」

 どう答えるか、迷った。



Posted by 渋柿 at 18:15 | Comments(0)
上の画像に書かれている文字を入力して下さい
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。