2015年04月28日

鯰酔虎伝 3

 落語は男が演るものとして作られ、磨き上げられてきた。女には難しい。女の噺なんて聞きたくない、という客も多い。だが、鯰の属する協会だって、女真打がもう四人もいる。

「俺ぁ、弟子は取らないよ」
 
 こんなろくでなし、取れる訳がない。

「俺の齢、知ってるかい」

「はい」

「七十五だぜ」

「夕べ・・ほっとけませんでした」

「寝げろで窒息でもしやしないかってかい?そりゃ、親切なこった」
 
 でもいいかい、俺ぁ入門してから真打になるまで十九年も掛かったんだ、よく考えなよ、あと十九年ていやあ、もうこの世にいる訳ねえだろ、と女の顔を見た。

「五十絡み、出来りゃあ四十代の師匠見つけるこったな」

「手間取ったのは、最初の師匠と反りが合わなかったからでしょう」

「まあな・・」

 そうさ。今じゃ十年、当時だって十五年が昇進の相場だった。

「三道楽圓幽・・長楽亭京の輔と昭和の双璧だったけど、ばりばりの古典至上主義で」

「その二人、呼び捨てはして貰いたくねえな」

「すみません。鯰師匠、二つ目のときから新作で人気があったのに、真打の打診圓幽師匠が何度も握り潰したって」

「酒癖悪過ぎたからねえ。結局俺ぁ、駄目になっちまった噺家なんだよ」

「知ってます。出番貰っても勝手に抜いて、出たと思えば酒気帯び高座・・」

「出入り禁止も方々で喰らってる」

「あんな歌噺なんて、ありゃ寄席の鬼っ子だね・・ですか。香盤下げろとか、噺家辞めさせろとかいわれてるそうですね」

 ああそうだよ、俺ぁ女房子泣かせて、挙句死なせた、最低の男って訳だ、悪いが帰ってくれ・・鯰は盆を持って立ち上がった。

「折角のお袋さんからの小包だ、持って帰りな。・・朝飯旨かったぜ、ありがとよ」

「鯰師匠で・・三十六人目なんです」

「えっ」

「三十五人の師匠方に、断られました」
 
 桂家道丸、長楽亭京蔵、三道楽圓杖・・女は旬の噺家の名前を次々と挙げた。

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Posted by 渋柿 at 17:58 | Comments(0)
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