2014年01月09日

初夏の落葉12

 酔っ払い、いい加減にしろ、野次が飛んだ。席を蹴って出て行こうとする客もいる。

 京蔵が飛び出してきた。着替えず着物で待機していたらしい。どうぞそのまま、暫くそのままでお待ち下さいと鯰を引き摺っていく。

「大変失礼を致しました」 
 高座に戻り、京蔵は深々と頭を下げた。

「縛り上げて猿轡して参りました。んな訳はありませんが・・本当に申し訳ありません。左京はあたしの弟弟子で、つったって齢は五つも上ですけど。鯰師匠、息子みたいに思ってたんです。あいつ目をとじた日まで、予定入れてました。それも大阪です。もう無理だって判ってたのに。それ聞きましてね、堪らなかった。師匠だけじゃなくて、あたしも」

 師匠があんな風になってすみません、あやまります、許して下さい、とまた頭を下げる。 

「葬式で、左京のビデオ流しました。鯰師匠の新作落語です。今日ここにいらしたのも何かのご縁、追善とは大げさですが、どうかここで、ネタおろしさせて下さい。・・もう、今日の左京にゃ拍手も忘れてた。みんな固まって声も出ないんです。兎に角、素晴らしかった。改めて・・惜しい。惜し過ぎる。何でこいつが早死にしなきゃならないんだって、みんなもう、ぼろぼろ泣いてました」

 おい・・それじゃ「中村仲蔵」だろ。

「はい、稽古もしないネタおろすなんて自殺行為ですよねえ。事によると、あたしの骨も鯰師匠に拾って貰う事になりかねませんが」

 このネタ楽屋で、左京と一緒に何十遍もきいてました・・童顔に、凄味が潜んでいる。

「元は歌は世につれっていってて、ガンバレって変えたのは左京です」

 頑張るなんてやめようよぅ・・京蔵は羽織を脱ぎ、「ガンバレ」を語り始めた。

「春のうららの、隅田川ぁ・・」

 稽古もしてない歌は、もう一つ。噺の身上の毒は骨抜きとなり、手拍子を受けて・・これじゃ、懐メロの素人カラオケ大会だ。ただ、鯰が滅茶苦茶にした後、苦し紛れでもなんでも、客とここまで盛り上がれるのは凄い。

「西口フォークゲリラってんですか、駄目でしたねえ。歌が世を変えるどころか、お巡りさんが邪魔だから退きなさいていうと退いちゃった。世の中何も変わらない。世はまあ歌なんかにゃ連れませんよ」 

(一門と師匠、頼みますよ。兄さんはまだこれからだ。・・頑張って下さい)


 行こうか、と死神を振り返った。
「本当に、いいのか?」
 戻って来られないんだぞ、という。

「踏ん切りつけなきゃ、未練は辛いだけだ」
 
 判ったよ・・死神が手を握り、目を塞いだ。
 


 やっぱり。思い切り既視感がある場所だった。洞窟の中、無数の蝋燭の炎が揺れていた。この一つ一つが、人の寿命だ。

(あかねのは、どれだ?)
 聞いたら教えてくれるかもしれないが、もしそれが風前の灯だったら・・怖い。

(京治師匠は?鯰師匠は?)
 やはり、怖い。ついそこに一つ、あっちにも一つ、今にも尽きそうにちびた蝋燭がある。

「ここまっすぐ行くと三途の川に出る。渡し賃が死因で決まるてのは、知ってるよな」
「そりゃネタだろ」
 
 「地獄めぐり」または「地獄八景亡者戯」。

「で、あっちにゃあ死神作った圓朝はじめ、古今の名人ズラーと寄席に出るんだ」

 三遊亭圓朝は近代落語の祖。古典のかなりは、百年前の圓朝の新作が基になっている。

「そこでまた、前座からやり直しかい」 
「左京近日来演の告知は、一年前から出てる。披露しろよ真打十年の芸、居残り佐平次でも火焔太鼓でも・・頑固親父にさあ。好きだったんだろ、京の輔の大ネタ」 

「・・優しい嘘、ありがとよ」

 それが本当なら、何で無理して息のある内声戻したんだよ。「職」を賭してまでさ。

「そっち行きゃあ、もう消えるだけなんだろ」



Posted by 渋柿 at 16:14 | Comments(0)
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