2009年01月15日

連載「尾張享元絵巻」8

「そこで、行き倒れたち世話をいたすのか」
「はい、弱っておれば重湯(おもゆ)から粥(かゆ)を与え、医薬がいるなら手配し、若く仕事のできる者には、働き先の世話もいたします」
「では、年寄や病弱なものはどういたす」
「報謝宿の掃除、洗濯、病人の看病・・それに蓬摘みなど」
「蓬摘み?」
「先ほど申しましたように、報謝宿のかかりが、すべて伊吹屋から出ているのは伏せております。ですから宿ごとに、ここでは蓬を摘み、ここでは柚子の皮をむき、ここでは杉や松の葉を集め・・と別々の仕事を、してもらっております。晒しの小袋をたくさん縫ってもらうのも、乾かしたもろもろを刻んでもらうのも別々の宿の仕事・・」
「袋詰めだけが伊吹屋の奉公人の仕事か」
「はい。仕入れも小売もお客さまがやってくださいますので病人や捨て子も養える道理」
「こやつ・・」
宗春は破願した。
「尾張の太守として、民のために報謝宿を設けてくれたことは、篤(あつ)く、礼を申す。じゃがこののちも、講の隅々まで押し売りだけは出ぬように気を配れよ」
「この伊吹屋、このままこの商いをしても宜(よろ)しいので?」
「病気平癒の、紙きれ板切れで作ったお札でさえ、双方納得ずくで売り買いして、お上にとがめられた寺社はあるまい。この十年、だまされたとの訴えが一件もなかったのは、その方のやり方が民に受け入れられておるということじゃ」
「ありがとうございます」
 伊吹屋は、形を改めて一礼した。
「殿さまは噂に違わぬ、まこと名君にあらせられます」
「世辞はよいと申しておろう。・・人は、病で、死ぬときは死ぬものよ。よほどの、悟り澄ました大徳、大知識か、よほどの阿呆(あほう)でもなければ、最後の最後まで何かにすがりたかろうよ」
伊吹屋はしばらく、涼しげなギヤマンの夏茶碗を見ていた。池を吹き渡ってくる風が涼しい。紅白の蓮の花が、重たげに揺れる。
「殿さまには、このたびのお姫さまのご不幸誠にご愁傷さまにて」
「三つまでの命の定めであったのよ」
宗春も寂しげに笑う。宗春の長女八百(やお)姫は、六月末、尾張藩江戸屋敷で死去していた。
「喪中とて、盆の踊りを楽しみにしていた下々に、気の毒なことであった・・」
「三つと申さば、手踊りなどお喜びの頃でございますなあ」
「ふむ」
宗春は伊吹屋の喫した夏茶碗をすすぎ、自服の茶を立てる。
 夏たけて、もう不如帰の声はしない。未練気の老鶯が絶え絶え、鳴く。蝉時雨。ぽちゃん、池で鯉が跳ねた。
「今日にも、触れを出そう」
「はっ?」
「折角の年に一度の楽しみを奪っては気の毒じゃ。にぎやかな踊りは、姫にも何よりの供養・・そうじゃな、この二十四日から来月一日まで、盆踊りを勧めよう」
「それは何よりの姫さまへのご供養かと」
「八朔(はっさく)は徳川家には吉日でもある」
「はっ」
 徳川家康が小田原(おだわら)の北条(ほうじょう)氏滅亡の後、住みなれた駿河(するが)、遠州(えんしゅう)、三河(みかわ)の地を離れて、はじめて江戸城に入城したのが八月一日、八朔は幕府の重要な行事、盛大に祝う。



Posted by 渋柿 at 07:33 | Comments(0)
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