2013年12月29日
初夏の落葉1
「棺桶なんざ、漬物樽でいいんです」
「ええっ・・でもってあたしが担ぐなんてぇネタじゃないでしょうねえ、おかみさん」
「担ぎますとも。もう片っ方はうちの人、桶から出して担がせます。兎に角、長患いでお金ないんですから」
流石噺家の女房、俺がかんかんのう踊るまでもなくあかねは葬儀見積りを百万値切ってしまった。
前座達は、早速てきぱき働いている。師匠一門に不幸があれば、前座二つ目は手伝いに行くのが決まり。場数を踏めば大概慣れる。
左京は、部屋の隅でぼんやり見ている。
「こっちぃ寝てますよ、左京」
先客の夕顔亭鯰が、高座を終えて駆けつけた師匠の長楽亭京治にいった。座敷の縁近く、北枕、紋付の胸に守り刀乗っけて寝てるのは、確かに俺。じゃあ、ここで見てるのは、誰なんだ?俺、だよなあ。
「左京、そんなに酷かったのか・・」
師匠は、蒼白な顔で寝てる方に躙り寄った。
この野郎無茶しやがって、とうとう落語と心中しちまった・・夕顔亭も息を吐く。
(落語と、心中か・・)
左京という名は、ひっくり返すと京の左となる。
五年前に逝った左京の父は平凡な会社員だったが、歌舞音曲が好きで自分でも三味線をつま弾いた。そして大の落語好きだった。それも昭和の名人・長楽亭京の輔に因んで息子の名を付ける程、だ。
(親父の・・まあお蔭なんだけど)
子供の頃から父に連れられて寄席に通った。噺も覚えた。小学校に入った頃には友達の前で「寿限無」を演って、高校大学と落語研究会にいた。
慥かに、落語に染まった一生だった。
「京治兄さん、一つお願いがあるんすが」
齢は上だが香盤では格下の鯰が、京治を兄さんと立てるのは仕方がない。
「何でしょう、鯰さん」
「葬式ん時、あいつのビデオ流しますよね」
「ええ、それが何よりの供養でしょうから」
まかせて貰おう。声も滑舌も絶好調だった頃の録画が、残っている筈だ。
「あいつのおはこだった、浜野矩随にしようと思ってます。なんせ名工浜野、この世の名残りに業物に精魂込めるって噺だ」
「そりゃちょっと、葬式で演るにゃあ、生々し過ぎやしませんかい」
「じゃあ、宮戸川の通し。聞いてるうちぃとんでもない事になって、それすぽぉんって張りくり返す・・近頃さまになって来てた」
「あの夢落ち、ねぇ。・・それより兄さん、鯰まつりの奴、あれ、使って貰えませんか」
「ええっ!」
「ええっ・・でもってあたしが担ぐなんてぇネタじゃないでしょうねえ、おかみさん」
「担ぎますとも。もう片っ方はうちの人、桶から出して担がせます。兎に角、長患いでお金ないんですから」
流石噺家の女房、俺がかんかんのう踊るまでもなくあかねは葬儀見積りを百万値切ってしまった。
前座達は、早速てきぱき働いている。師匠一門に不幸があれば、前座二つ目は手伝いに行くのが決まり。場数を踏めば大概慣れる。
左京は、部屋の隅でぼんやり見ている。
「こっちぃ寝てますよ、左京」
先客の夕顔亭鯰が、高座を終えて駆けつけた師匠の長楽亭京治にいった。座敷の縁近く、北枕、紋付の胸に守り刀乗っけて寝てるのは、確かに俺。じゃあ、ここで見てるのは、誰なんだ?俺、だよなあ。
「左京、そんなに酷かったのか・・」
師匠は、蒼白な顔で寝てる方に躙り寄った。
この野郎無茶しやがって、とうとう落語と心中しちまった・・夕顔亭も息を吐く。
(落語と、心中か・・)
左京という名は、ひっくり返すと京の左となる。
五年前に逝った左京の父は平凡な会社員だったが、歌舞音曲が好きで自分でも三味線をつま弾いた。そして大の落語好きだった。それも昭和の名人・長楽亭京の輔に因んで息子の名を付ける程、だ。
(親父の・・まあお蔭なんだけど)
子供の頃から父に連れられて寄席に通った。噺も覚えた。小学校に入った頃には友達の前で「寿限無」を演って、高校大学と落語研究会にいた。
慥かに、落語に染まった一生だった。
「京治兄さん、一つお願いがあるんすが」
齢は上だが香盤では格下の鯰が、京治を兄さんと立てるのは仕方がない。
「何でしょう、鯰さん」
「葬式ん時、あいつのビデオ流しますよね」
「ええ、それが何よりの供養でしょうから」
まかせて貰おう。声も滑舌も絶好調だった頃の録画が、残っている筈だ。
「あいつのおはこだった、浜野矩随にしようと思ってます。なんせ名工浜野、この世の名残りに業物に精魂込めるって噺だ」
「そりゃちょっと、葬式で演るにゃあ、生々し過ぎやしませんかい」
「じゃあ、宮戸川の通し。聞いてるうちぃとんでもない事になって、それすぽぉんって張りくり返す・・近頃さまになって来てた」
「あの夢落ち、ねぇ。・・それより兄さん、鯰まつりの奴、あれ、使って貰えませんか」
「ええっ!」
Posted by 渋柿 at 21:45 | Comments(0)