2010年04月23日

芹艾譚【(一応)最終回】

「兎に角、まず田を広げて穀物を蓄えねば、ということになった」
 箸を取りながら、司馬昭は父や兄と出した結論を告げた。
「穀物?兵糧でございますか?」
「いや、それだけではない。民を養い、国を強めるのは、戦より営農じゃ。国力満ちた上で、改めて賊国を・・」
 賊国とは蜀と呉を指す。それを暫く放置しても、内政に力を入れるという。
「そう、義父上は帝に奏上なさるのですね」
 うむと頷くと、司馬昭は羹を口に運んだ。
 父司馬懿は五丈原の後、重臣として内政に力を注ぐ気でいる。
「狗肉・・」
「滅相な、羊肉でございます」
「あっ、いや・・思い出しておった。そなた、鄧艾という男を知っておるか?」
「えっ、あの典農の、言葉が閊える・・はい。一度祖父の許を訪ねて参りました」
「そうか。最初にあの男を見出したのは、王朗殿であったの。・・鄧艾を東へ遣わす」
「東・・?」
「陳から項、寿春辺りまで視察させる。そして、田地を拓かせる・・」
 その上で、国を挙げて穀物を増産する。
「あやつなら・・出来る。十年、あるいはそれ以上かかろうが、な」
「妻子は、寂しいことでしょう」
 元姫は嘆息した。鄧艾には、ある程度の権限を持たせて都を離れさせる。家族は、いわば人質でもある。燭の灯が翳る。暗くなった卓に、司馬昭は羹の碗を置いた。
 元姫、と司馬昭は呼びかけた。
「春になってからでよいのだが、山芹とよもぎの、の・・」
「はぁ?」
「山芹とよもぎが萌えたら、羹を作ってくれ。狗肉も入れて、のう」
 はい、と答えて元姫は立ち上がり、灯心を切った。卓の上がまた、明るくなる。
「鄧艾の妻女に、作り方をよう習うておくことに致しましょう」 
 十年ではない。三十年後か四十年後か、鄧艾はどえらいことを為遂げる男だ、と祖父王朗はいった。厳つい顔、吃音・・元姫の胸に、ただ一度だけ会った鄧艾の風貌が、不思議な懐かしさを伴って甦った。
 
【ご挨拶<(__)>】
 ながながとおつきあいありがとうございました。
 えと、あの・・営農に成功した鄧艾はこのあと蜀との前線の将軍に抜擢され、姜維と死闘を演じます。冬の蜀山険を突破して曹操・曹真・曹爽が果たせなかった成都攻略を成功させますが、讒言に遭い、部下を無事故郷に帰す為に息子鄧忠とともに命を絶ちます。晋の世になって鄧艾の名誉は回復され、魏将で唯一神格化され祀られています。

 350枚の原稿の五丈原を描いた冒頭部分70枚を「五丈原芹艾譚」といたした次第です。



Posted by 渋柿 at 07:16 | Comments(1)
この記事へのコメント
ありがとうございます(^◇^;>
Posted by 渋柿渋柿 at 2011年02月17日 23:12
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