2010年01月18日

「続伏見桃片伊万里」28

「何ですねん。駕籠の中でいいましたやろ、『お母ちゃんがお世話になりました』って、せんせ方にちゃんと挨拶しなはれ」
 お米に促され、正吉ははにかんだように
「お世話になりました」
 といった。
 
お光正吉と播磨屋のお米を乗せた駕籠が闇に消えるまで、見送った。
「お前もそう思うか?」
 隼人がいった。
「ああ」
「痛いのは左というし・・」
 左肩の痛み―。
それが稀に心の臓の発作、今でいう狭心症や急性心筋梗塞の前触れとは、二人とも初学の頃きいたことがあった。
「俺達も苦労性だなあ」
「まあ、取り越し苦労だろうよ」
「医者ってのも、因果なものさ」
 
「隼人、俺、来月・・伊万里に帰る」
 圭吾が、淡くなっていく送り火を見上げた。
「いつ、決めた?」
「きのう、な。先生もおっしゃる。いろいろ、整理がつき次第、発つ」
 学問の先進地で暮らした。
都に心残りは、ある。
吾が生涯は村医者、その初心の筈が、心は揺らいでいた。
迷いを断つまでに要した時は、短くはなかった。
「多分、次に逢うとき、お前はそういうと思ってたよ。何所で開業するんだ?」
「親父の店の、離れだ」
「肥前・伊万里津、か。遠いな」
 二人とも、これが永別となると、このときは思った。



Posted by 渋柿 at 14:50 | Comments(0)
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