2010年01月17日
「続伏見桃片伊万里」26
「せめてもの償いに、息子に慎一郎って名付けたけど。人が死ぬって辛いよな。あの夜、高瀬舟でお光さん叫んだろ、絶対お店さま許さん、って。慎一郎の親御も、過ちで吾子殺した俺を、殺してやりたいほど、憎まれた夜もあったろうよ」
「いや、ご両親は一言もそんなことは―」
栗林慎一郎の遺骨を備中足守の老親のもとに届けたのは、圭吾だった。
悲しみの中にも毅然と吾子を褒めたのを、この目で見、この耳で聞いている。
隼人は、薄く笑った。
「お前も、親になればわかる」
「いいえ!」
お光がいった。
「違います。人は、親には、必あらず赦す日が来るんどす。そやないとあんまり悲しすぎるやおへんか」
「お光さん―」
圭吾は、お光の顔を見た。
(この人は、もう赦しているよ)
傍らで隼人が頷いている。
「お母ちゃん」
幼い声がして、闇の中から小さな影がお光に抱きついてきた。
「正吉!」
「迎えに来たで。お店のお母はんも一緒や」
弾む声であった。
「お店さまが?」
「うん」
正吉は後の闇から、一人の女の手を引いて来た。
「駕籠できたんや。お母ちゃんのもあるで。―お母はん、帰りはそっちで一緒に乗りいって、なあ」
「へえ、久しぶりにお母ちゃんのひざで甘えぇな」
うす闇の中でも、絹物の大家のお内儀の身なりはわかった。
声は四十前の、落ち着きを含んでいる。
(しかし、なあ)
(お店さまが、迎えか)
(お光さんに、この刺激はまだ早すぎるんじゃ)
隼人と圭吾は顔を見合わせた。
「村田せんせ、堀せんせ。播磨屋の米でございます。この度はほんまにもう、ありがとうさんでおました。―お光はん、よう戻ってくだ張りましたなぁ」
播磨屋の本妻、お米は、深々と頭を下げ、お光の手をとった。
「お店さま―」
「あんたにゃあ幾等詫びても詫び足りまへん。どうか堪忍してなあ」
「堪忍て―」
「いえ、赦してもらおやて虫がよすぎますなあ。一生、あてを恨んでくだはれ。あてに出来る償い、何なりとさせて頂きますぅ」
お光は、すぐには答えることが出来なかった。
泣くような、笑うような表情に顔を歪めて、必死に言葉を出そうとしていた。
「いや、ご両親は一言もそんなことは―」
栗林慎一郎の遺骨を備中足守の老親のもとに届けたのは、圭吾だった。
悲しみの中にも毅然と吾子を褒めたのを、この目で見、この耳で聞いている。
隼人は、薄く笑った。
「お前も、親になればわかる」
「いいえ!」
お光がいった。
「違います。人は、親には、必あらず赦す日が来るんどす。そやないとあんまり悲しすぎるやおへんか」
「お光さん―」
圭吾は、お光の顔を見た。
(この人は、もう赦しているよ)
傍らで隼人が頷いている。
「お母ちゃん」
幼い声がして、闇の中から小さな影がお光に抱きついてきた。
「正吉!」
「迎えに来たで。お店のお母はんも一緒や」
弾む声であった。
「お店さまが?」
「うん」
正吉は後の闇から、一人の女の手を引いて来た。
「駕籠できたんや。お母ちゃんのもあるで。―お母はん、帰りはそっちで一緒に乗りいって、なあ」
「へえ、久しぶりにお母ちゃんのひざで甘えぇな」
うす闇の中でも、絹物の大家のお内儀の身なりはわかった。
声は四十前の、落ち着きを含んでいる。
(しかし、なあ)
(お店さまが、迎えか)
(お光さんに、この刺激はまだ早すぎるんじゃ)
隼人と圭吾は顔を見合わせた。
「村田せんせ、堀せんせ。播磨屋の米でございます。この度はほんまにもう、ありがとうさんでおました。―お光はん、よう戻ってくだ張りましたなぁ」
播磨屋の本妻、お米は、深々と頭を下げ、お光の手をとった。
「お店さま―」
「あんたにゃあ幾等詫びても詫び足りまへん。どうか堪忍してなあ」
「堪忍て―」
「いえ、赦してもらおやて虫がよすぎますなあ。一生、あてを恨んでくだはれ。あてに出来る償い、何なりとさせて頂きますぅ」
お光は、すぐには答えることが出来なかった。
泣くような、笑うような表情に顔を歪めて、必死に言葉を出そうとしていた。
Posted by 渋柿 at 10:46 | Comments(0)