2010年01月08日

「続伏見桃片伊万里」15

「圭吾、それは本当か」
 師が圭吾の目を見た。
「はい」
 もう、うそはつけぬ。
「お内儀は、さぞ、その、驚かれたであろう」
「まあ、驚くていうより、あれも悪い女やない、もう錯乱してしまいましたわ。自分は仏門に入ってお筆の菩提弔う、どうかお光播磨屋ん本妻に直してくれてまあ、とんでもないことまで口走って」
「家付き娘の離別など、そりゃ無理でござろうよ」
 師も、横でため息をつく。
「つらい話でございますな」
「お米も、今は何としてもお光に償いをしたいと。まずは、お光の体と心、元に戻すことやと話しおうて、こちらにうかがったしだいでございますわ」
 圭吾は、虚栄を張らず淡々と語る播磨屋のを見、また脇にどけられたままの座布団を見た。
「お話を伺うと、お光どのが酒毒を患っておられることは間違いない。そこで相談なのじゃが―伏見に、大阪書過町の蘭学塾よりの友が医者をやっておりましての、酒毒を癒す名手じゃ。この男が近頃診療所の隣の平屋も借受けましてな、離れのように使うております。ほれ、先生もご存知の、村田隼人でございますよ」
「ああ、あの自分も酒毒だったという・・」
 師は破願した。
圭吾と同年、大阪の同門のこの町医者も、つとめて伏見から足を運び、この南禅寺草川町の師の元で教えを受けている。
「この男、不幸な家に生れましてな、酒に溺れて、もう滅茶苦茶でした。塾でも指折りの俊才といわれたときもありましたが・・そりゃ上には上、どうしても叶わぬ同門もおって、自棄になったので。二十歳の時、一度は死のうと致しました。そこから立ち直って・・ゆえに酒毒に苦しむ者が判るのです。無論医者としても腕は確か」
「それはわしも保証する。若いが名医じゃ」
「はあ、伏見の、町医者はん・・」
 困惑気味の播磨屋に構わず、圭吾は続けた。
「この村田、となり・・というても二間の平屋、厠だけはついとる粗末なもので、長く借り手のつかぬ空家じゃったといいますが、ここに住まわせて酒をたつよう厳しく見張りながら、病んだ心身を治療いたすそうで」
「村田の妻女がいたします。まだ離れを作る前からこの医者我家に酒毒を再々預かっておりまして、看護と見張りには馴れておりますよ。十ばかりの娘と五つか六つの倅もおりましてな、まあ親それがを良く手伝う」
「そこに、正吉とそうかわらぬお子もおられるか・・」
「播磨屋どの、任せて頂けようか」
「そうなされよ。そうじゃ、圭吾も暫く伏見で村田どのを助けさせますゆえ。何、十日やそこら、まだわし一人で診立てはできますわい」
 脇から、師も勧めた。播磨屋は暫く黙っていたが、ついに搾り出すようにいった。
「すべて、お任せいたします」
 そして懐から出した袱紗を両手で圭吾に捧げた。二十五両の封金が二つ、乗っている。
(この人はこの人なりに、お光に惚れている)



Posted by 渋柿 at 16:15 | Comments(0)
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