2010年01月05日
「続伏見桃片伊万里」11
「お店さまはお子を産んだことがあらしまへん。正吉も乳離れするまでここでそだてました。お店さまに、悪気はなかったんどす。ただ、お筆が寒うないようて、しっかりお布団掛けはっただけで」
お光が、自分にいい聞かせている言葉だと、圭吾にも判る。
「正吉も、明日は播磨屋さんに戻ります。あの子、跡取りやさかい」
「寂しゅうなるな」
今まで以上に、そういおうとして、やめる。
「馴れとります」
もう正吉は母の膝で眠っている。
「これを」
圭吾は懐からあの瓢の笛を取り出した。
「あれえ、ひょんの笛」
「これを正吉にと思うての」
喪の着物の内、お光が僅かに微笑んだ。
「喜びますやろ。珍しい、何所で見つけはりました、柞の木?」
「金地院の東司の・・裏にの」
「むかあし、うちがちっちゃいころ、お父はんが山から持って来てくれとりましたわ」
「父御が、山から?」
「櫛職人だったんどす。早う亡くなりましたけど。阿弥陀ヶ峰とか、三十六峰の雑木林で柞採ってきては、安うしか売れん柞櫛ばっか造ってましたわ」
「それで延喜の昔からの由緒を・・」
「『神代からん柞木櫛』やて、子供んときから年季入れた親方が『柞櫛造るんが櫛職人の本道、今でも禁裏さまの使わっしゃる櫛は柞櫛だけや』ていってはって」
「櫛職人の本道」
「お父はんもまあ、いい暮らしてました。それも柞は東山三十六峰にかぎる、て。いらん誇りばっか持って、可笑しゅおすな」
「釉も特に白磁に藍の染付には、この土に生えた柞に限るっていわれてた。今じゃ取尽くして、日向辺りから持って来るんだが」
「東山の峰、ずっと続いて、靡く髪にも見えますんやと。その御髪梳くんは、東山の柞櫛やて。手間賃、柘植櫛作るよりずっと安おすのに・・怪体な理屈でっしゃろ。お母はん苦労の揚句死なせて、自分も早死してしもて」
お光は瓢の笛を口にあて、ぼおっと吹いた。
「うち、まだひょんの笛吹いて遊うでたかったんに、十二で女中奉公したんどす」
息に微かにまた、酒の香がした。
お光が、自分にいい聞かせている言葉だと、圭吾にも判る。
「正吉も、明日は播磨屋さんに戻ります。あの子、跡取りやさかい」
「寂しゅうなるな」
今まで以上に、そういおうとして、やめる。
「馴れとります」
もう正吉は母の膝で眠っている。
「これを」
圭吾は懐からあの瓢の笛を取り出した。
「あれえ、ひょんの笛」
「これを正吉にと思うての」
喪の着物の内、お光が僅かに微笑んだ。
「喜びますやろ。珍しい、何所で見つけはりました、柞の木?」
「金地院の東司の・・裏にの」
「むかあし、うちがちっちゃいころ、お父はんが山から持って来てくれとりましたわ」
「父御が、山から?」
「櫛職人だったんどす。早う亡くなりましたけど。阿弥陀ヶ峰とか、三十六峰の雑木林で柞採ってきては、安うしか売れん柞櫛ばっか造ってましたわ」
「それで延喜の昔からの由緒を・・」
「『神代からん柞木櫛』やて、子供んときから年季入れた親方が『柞櫛造るんが櫛職人の本道、今でも禁裏さまの使わっしゃる櫛は柞櫛だけや』ていってはって」
「櫛職人の本道」
「お父はんもまあ、いい暮らしてました。それも柞は東山三十六峰にかぎる、て。いらん誇りばっか持って、可笑しゅおすな」
「釉も特に白磁に藍の染付には、この土に生えた柞に限るっていわれてた。今じゃ取尽くして、日向辺りから持って来るんだが」
「東山の峰、ずっと続いて、靡く髪にも見えますんやと。その御髪梳くんは、東山の柞櫛やて。手間賃、柘植櫛作るよりずっと安おすのに・・怪体な理屈でっしゃろ。お母はん苦労の揚句死なせて、自分も早死してしもて」
お光は瓢の笛を口にあて、ぼおっと吹いた。
「うち、まだひょんの笛吹いて遊うでたかったんに、十二で女中奉公したんどす」
息に微かにまた、酒の香がした。
Posted by 渋柿 at 08:51 | Comments(0)