2010年01月02日

「続伏見桃片伊万里」9

「炭はおこしていったのかね」
「炭?いいえぇ、おきにして埋けといたんどすけど」
 圭吾は不審に思った。
 火鉢の炭はおきどころか、幾つも真赤におこっている。
「お店のお母ちゃん、来はった」
 正吉が、無邪気にいった。
「えっ」
「ちょっとお筆見に来たて。そいで、『おお寒う』って火鉢いろうて」
「いつ―」
「お母ちゃんが出てから、すぐ。お母ちゃんおらんってゆうたら、お筆に会いに来たんやからって、そのまま部屋に入って・・抱いたり、あやしたり、笑わせたり、お筆いろうて帰らはった」
(そうか)
 圭吾は、真相を知った。
 播磨屋の本妻は子を持ったことがないという。
人形遊びめいて一頻り赤子をもてあそんで布団に戻す折、寒くないようにしっかり口元まで掻巻を掛けたのだ。
 おそらく、いつもはお光がわざと隙間を作っておく戸障子も、きちんと締めて出ていたのであろう。
 熱と、炭火の瘴気が籠った。よっての窒息。
「せんせ、この子、病、でっしゃろ」
「お光さん」
「乳呑児にようあることと聞いてます。元気にしてた子ぅが急にぽっくりいてしまうて」
「それで―」
 良いのかね、といいかけてやめる。
 お光も真相に気付いている。その上でのことなのだ。
「でも、お筆の死ぬ前、本宅のお母ちゃん来ぃはったで」
「正吉!お店さまはお優しいお方や、めったな事いうたらあかん。あんたの本筋の―お母はんなんやで」
 お光は、厳しい声で正吉を咎め、圭吾に向き直った。
「せんせ、そういうことで、よろしゅう」
 そういうと、立ち上がった。
 開け放された窓障子から冷たい風が吹き込み、部屋に籠もった瘴気を飛ばす。




Posted by 渋柿 at 19:45 | Comments(0)
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