2009年10月27日
「中行説の桑」106
「客人、このような夜更けに・・伊稚斜殿はご存知か?」
「お入り頂いてよろしいでしょうか」
於単の質問には答えず、兵は客の入室の許可を求めた。中行証は、於単と目を見交わした。
(刺客・・)
(・・多分)
「お入り頂け」
於単が、静かにいった。
兵と入れ替わりに入ってきた客は二人連れだった。剣を帯びていた。
(やはり・・)
無論のこと、於単も中行証も幽閉されてから身に寸鉄も帯びていない。
(無駄な抵抗はよしましょう)
(おお・・)
二人は深々と於単に叩頭し、そのうちの一人が、証に笑いかけた。
「中行証殿、一瞥以来でございます」
思いがけず、漢の言葉であった。
「あなたは・・甘父殿。するとこのお方は」
「はい、私は漢の皇帝陛下の命で大月氏まで行ってまいりました張騫です」
もう一人も、白い歯を見せる。
武帝が西域に派遣し、十年近く匈奴に軟禁されていた男。一度は脱走したが三年後再び西域の地で捕らえられたという。
「本当に、大月氏まで行ってこられたのか。たった二人で」
証も漢の言葉で答えた。
監視の兵が二人を通したということは二人の身元を承知した上でのことであろうが、深夜の訪問は機密を要することらしい。
「やっと辿り着きましたが大月氏は跡目争いでごた着いておりまして。匈奴を挟み撃ちしよううという陛下の提案は蹴られました」
「それは・・」
思 わず、残念でしたな・・といいかけて苦笑した。
張騫にとっては命がけの使命が果たせなかったことになるが、匈奴にとっては宿敵同士の同盟不成立は僥倖であった。
「しかし、祁連山から西の世界、つぶさに見て参りました。こちらに置き去りにした妻子をつれて漢の地に戻ろうとしたらまた捕まりましたが、こちらでも・・失礼ながら・・跡目争いで。勿怪の幸い、この混乱を利用して脱出しようと存じます」
張騫はにこにこと笑いながら人を食った言葉を口にする。中行証と於単はあっけにとられるばかりであった。
「長城を出て足掛け一三年、はい、その、いろいろと知己も出来ました。で・・今夜の見張りの兵達もそうですが、神のごとき軍臣単于の御子の於単様の、命だけは助けたいと密かに願う人は・・少のうはございません」
「で、於単様を伴って長城を越え、漢の皇帝に保護してもらえるよう口ぞえしてくれるなら、我々の脱出に眼をつぶろう、と」
隣から、従者の甘父も言葉を添えた。
「お入り頂いてよろしいでしょうか」
於単の質問には答えず、兵は客の入室の許可を求めた。中行証は、於単と目を見交わした。
(刺客・・)
(・・多分)
「お入り頂け」
於単が、静かにいった。
兵と入れ替わりに入ってきた客は二人連れだった。剣を帯びていた。
(やはり・・)
無論のこと、於単も中行証も幽閉されてから身に寸鉄も帯びていない。
(無駄な抵抗はよしましょう)
(おお・・)
二人は深々と於単に叩頭し、そのうちの一人が、証に笑いかけた。
「中行証殿、一瞥以来でございます」
思いがけず、漢の言葉であった。
「あなたは・・甘父殿。するとこのお方は」
「はい、私は漢の皇帝陛下の命で大月氏まで行ってまいりました張騫です」
もう一人も、白い歯を見せる。
武帝が西域に派遣し、十年近く匈奴に軟禁されていた男。一度は脱走したが三年後再び西域の地で捕らえられたという。
「本当に、大月氏まで行ってこられたのか。たった二人で」
証も漢の言葉で答えた。
監視の兵が二人を通したということは二人の身元を承知した上でのことであろうが、深夜の訪問は機密を要することらしい。
「やっと辿り着きましたが大月氏は跡目争いでごた着いておりまして。匈奴を挟み撃ちしよううという陛下の提案は蹴られました」
「それは・・」
思 わず、残念でしたな・・といいかけて苦笑した。
張騫にとっては命がけの使命が果たせなかったことになるが、匈奴にとっては宿敵同士の同盟不成立は僥倖であった。
「しかし、祁連山から西の世界、つぶさに見て参りました。こちらに置き去りにした妻子をつれて漢の地に戻ろうとしたらまた捕まりましたが、こちらでも・・失礼ながら・・跡目争いで。勿怪の幸い、この混乱を利用して脱出しようと存じます」
張騫はにこにこと笑いながら人を食った言葉を口にする。中行証と於単はあっけにとられるばかりであった。
「長城を出て足掛け一三年、はい、その、いろいろと知己も出来ました。で・・今夜の見張りの兵達もそうですが、神のごとき軍臣単于の御子の於単様の、命だけは助けたいと密かに願う人は・・少のうはございません」
「で、於単様を伴って長城を越え、漢の皇帝に保護してもらえるよう口ぞえしてくれるなら、我々の脱出に眼をつぶろう、と」
隣から、従者の甘父も言葉を添えた。
Posted by 渋柿 at 16:12 | Comments(0)