2009年10月25日
「中行説の桑」101
だが、その行動は匈奴の諜人の察知するところとなり、匈奴の勢力圏に入るや否や捕獲されたのである。
「証、甘父殿は伊稚斜様から託(ことづか)った干した桑の実をお届け下さったんですよ」
「ええっ、桑の実」
「はい。驚きました。長城を出て遥か匈奴の地で・・草原の泉の傍らに桑の若木を見ましたときは」
甘父が、苦笑していった。伊稚斜は、西に赴任するときあの楡の林の中に育つ桑の木の種を携えて行った。
(あの種が芽を吹き、もう実を結んでいる)亡き父が蒼穹の果てで、どんなによろこんでいることだろう。
「でも流石に、蚕は見ませんでしたが」
「いえ、きっといつの日か蚕も手に入れて匈奴の地でも絹がつくれましょう」
(それが父の夢だった)
中行証は誇らしげにいった。「やはり時々刻々、情勢は変化しているのですなあ」
甘父は嘆息した。「じゃが、今となってはそれを陛下に報告するすべはない」
(この男も・・やはり間諜か)
証の母の娟も、その母の父も匈奴の間諜だったと聞いていた。
「ゆっくりしていきなさらぬか。久しぶりに伊稚斜様のお噂も伺いたい。少々じゃが酒も干肉もありますぞ、なあ母者」
甘父は、吹き出した。「それはもう、済んでおります」
「済んだ?」
「左賢王に捕まった夜、主張騫始め百人の随行の者すべて縄を解かれて伊稚斜様から馬乳酒を振舞われましてなあ、時ならぬ大宴会となりました」
「それは・・」
「無論、匈奴は捕虜に強い酒を与えて酩酊させ秘密を聞き出す、ということは存じておりました。しかしまあ・・我等の使命も動静もすでに全部ばれている様子、どの道命はなかろう、とやけくそになりまして・・この世の名残にみな大酒を飲みました」
「大酒・・」
「はい。で、伊稚斜様が『月氏は我々の西の彼方にいる。漢がそこへ使者を送るというのに通すわけがないだろうが』と仰いますとわが主は『そうですなあ、わが帝も、もし匈奴が漢の南の越へ使者を出しても、お通しにはなりませんでようからなあ』と・・」
「それは、とんだ宴会でしたな」
「仕舞いには皆べろべろでございました」
「皆・・あなたも伊稚斜様の前で泥酔なさいましたので?」
「はい、どうせ首を刎ねられると思っておりましたので。私など、親代々の間謀でございますとなあ、聞かれもせぬのに白状いたしました」
「えっ、間諜」察しはついてはいたが、あまりにもあっさり甘父は自分の正体をさらした。
「証、甘父殿は伊稚斜様から託(ことづか)った干した桑の実をお届け下さったんですよ」
「ええっ、桑の実」
「はい。驚きました。長城を出て遥か匈奴の地で・・草原の泉の傍らに桑の若木を見ましたときは」
甘父が、苦笑していった。伊稚斜は、西に赴任するときあの楡の林の中に育つ桑の木の種を携えて行った。
(あの種が芽を吹き、もう実を結んでいる)亡き父が蒼穹の果てで、どんなによろこんでいることだろう。
「でも流石に、蚕は見ませんでしたが」
「いえ、きっといつの日か蚕も手に入れて匈奴の地でも絹がつくれましょう」
(それが父の夢だった)
中行証は誇らしげにいった。「やはり時々刻々、情勢は変化しているのですなあ」
甘父は嘆息した。「じゃが、今となってはそれを陛下に報告するすべはない」
(この男も・・やはり間諜か)
証の母の娟も、その母の父も匈奴の間諜だったと聞いていた。
「ゆっくりしていきなさらぬか。久しぶりに伊稚斜様のお噂も伺いたい。少々じゃが酒も干肉もありますぞ、なあ母者」
甘父は、吹き出した。「それはもう、済んでおります」
「済んだ?」
「左賢王に捕まった夜、主張騫始め百人の随行の者すべて縄を解かれて伊稚斜様から馬乳酒を振舞われましてなあ、時ならぬ大宴会となりました」
「それは・・」
「無論、匈奴は捕虜に強い酒を与えて酩酊させ秘密を聞き出す、ということは存じておりました。しかしまあ・・我等の使命も動静もすでに全部ばれている様子、どの道命はなかろう、とやけくそになりまして・・この世の名残にみな大酒を飲みました」
「大酒・・」
「はい。で、伊稚斜様が『月氏は我々の西の彼方にいる。漢がそこへ使者を送るというのに通すわけがないだろうが』と仰いますとわが主は『そうですなあ、わが帝も、もし匈奴が漢の南の越へ使者を出しても、お通しにはなりませんでようからなあ』と・・」
「それは、とんだ宴会でしたな」
「仕舞いには皆べろべろでございました」
「皆・・あなたも伊稚斜様の前で泥酔なさいましたので?」
「はい、どうせ首を刎ねられると思っておりましたので。私など、親代々の間謀でございますとなあ、聞かれもせぬのに白状いたしました」
「えっ、間諜」察しはついてはいたが、あまりにもあっさり甘父は自分の正体をさらした。
Posted by 渋柿 at 18:59 | Comments(0)