2009年10月24日

「中行説の桑」98

(あの、漢の陛下が姚娥様に賜った翡翠にも劣らぬような。絹を纏った娟の耳に飾れば、映えるだろうな)
「これ全部で、買えるかね」
 中行説は腰の縫い針の皮袋をはずして、男に示した。
「三百に少し足らぬほどの針じゃが」
「針三百ですか・・」
 男はしばらく考える風であった。
「相済みません。針三百でこの翡翠はちょっと、お売り致しかねます。こちらの羊脂玉の方なら喜んでお譲り致しますが」
「そうか」
 娟を自分の穹廬に迎えてから、装身具など一度も買ってやったことはない。安いほうの玉を買って帰っても、娟は大喜びするだろう。
 だが・・
(この翡翠は、本当に娟に似合いそうじゃ)
「失礼ではございますが・・」
 未練気になかなか翡翠を放そうとせぬ説に、男は口ごもりながらいった。
「針に添えて、今刷いていらっしゃいます剣を頂けましたら、翡翠をお譲り致しますが」
「この剣か」
 軍臣単于から賜った剣であった。だが同じような剣はあと数本穹廬にある。
「判った。この翡翠を貰うぞ」
 説は剣を外し、針の袋に添えて男に渡した。
「ありがとうございます」
 男は剣と革袋をフェルトの上に置き、つと上体を起した。
(あっ!)
 説は、腹部に焼けた鉄を押し当てられたような痛みを感じて、よろめいた。腹部に、短剣が突きたてられていた。
「漢の禍!」
 男が押し殺した声でいった。
 漢の間謀が放った、刺客であった。
 咄嗟に説は振り返って、証の姿を捜した。干葡萄を手にしたまま、酪や白酪の店を覗いている。暫くは動きそうになかった。
「抜くな!」
 手を伸ばしてきた男を、中行説は鋭く遮った。
「逃げろ、このまま」
 男は戸惑ったように自分の手を見た。そして確かに致命傷を与えたことを確認するように拳を握り締めた。
「行け」
 中行説は、片掌で短剣の柄を隠してその場に座り込んだ。
「早く!」
「なぜ・・?」



Posted by 渋柿 at 06:48 | Comments(2)
この記事へのコメント
(;-_-) =3 フゥ
Posted by 昏君 at 2009年10月24日 17:59
(;_; ・・・・
Posted by 渋柿渋柿 at 2009年10月25日 04:36
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