2009年10月16日
「中行説の桑」80
「亡くなりました。ご両親も、ご兄妹も、そのお連れ合いも、甥御姪御も」
(やはり!)夕陽に紅く染まっている筈の世界が、色を失った。
「いえ、あなたに連座して処刑されたのではありませぬ。あなたは故郷との絆を断っておられた。何とか累は及びませんでした」
「では・・?」
「連座の危機が及びそうなら、すぐに皆様を長城を越えて脱出させること、これだけは太子の厳命でもございましたが・・」
「では、なぜに?」
「燕の国境にも、悪鬼の爪が襲ったのです。匈奴の穀物よりずっとたちの悪い、強力な。あなたの故郷の村は、ほとんど壊滅状態となりました」
「皆・・死んだのですか・・」軍臣が知らぬまま自分を死なせようとした筈である。
命に代えて守ろうとした者達は、麦角菌の激烈な中毒により、すでに死んでいた。
(私は・・何もかも、失った)さわさわ・さわさわ、桑の葉が鳴った。
「お名を、教えてくだされ」
「えっ」
「あなたの名を。・・もう一度、私を説得することを命ぜられておられますな。そしてどうしても翻意せぬなら今度こそ命奪えと」
「・・はい」
「死に水をとって頂く。お名を承りたい」
「中行説殿、あなたは毒蛇ではありませぬ。生きて、生きて下さいませぬか」中行説は微笑んで首を振った。「早うせぬと日が暮れる。暗くなれば豺も出よう。・・役目を果されませ」
「死に、魅入られておられます」
「そのようで」
女は、黙って短刀の鞘をはらい、切先で地面に「娟」と書き、そのまま刃を構えた。
「娟殿か、よい名じゃ。では・・」中行説は座り直して目を閉じた。
(多少は、痛いか)胸を抉る白刃を待つ。だが娟は刃を捨て、全身で襲い掛かってきた。
「わっ」
中行説に抱きつき、強い力で締め付けた。干草の香りがした。
(やはり!)夕陽に紅く染まっている筈の世界が、色を失った。
「いえ、あなたに連座して処刑されたのではありませぬ。あなたは故郷との絆を断っておられた。何とか累は及びませんでした」
「では・・?」
「連座の危機が及びそうなら、すぐに皆様を長城を越えて脱出させること、これだけは太子の厳命でもございましたが・・」
「では、なぜに?」
「燕の国境にも、悪鬼の爪が襲ったのです。匈奴の穀物よりずっとたちの悪い、強力な。あなたの故郷の村は、ほとんど壊滅状態となりました」
「皆・・死んだのですか・・」軍臣が知らぬまま自分を死なせようとした筈である。
命に代えて守ろうとした者達は、麦角菌の激烈な中毒により、すでに死んでいた。
(私は・・何もかも、失った)さわさわ・さわさわ、桑の葉が鳴った。
「お名を、教えてくだされ」
「えっ」
「あなたの名を。・・もう一度、私を説得することを命ぜられておられますな。そしてどうしても翻意せぬなら今度こそ命奪えと」
「・・はい」
「死に水をとって頂く。お名を承りたい」
「中行説殿、あなたは毒蛇ではありませぬ。生きて、生きて下さいませぬか」中行説は微笑んで首を振った。「早うせぬと日が暮れる。暗くなれば豺も出よう。・・役目を果されませ」
「死に、魅入られておられます」
「そのようで」
女は、黙って短刀の鞘をはらい、切先で地面に「娟」と書き、そのまま刃を構えた。
「娟殿か、よい名じゃ。では・・」中行説は座り直して目を閉じた。
(多少は、痛いか)胸を抉る白刃を待つ。だが娟は刃を捨て、全身で襲い掛かってきた。
「わっ」
中行説に抱きつき、強い力で締め付けた。干草の香りがした。
Posted by 渋柿 at 07:23 | Comments(0)