2009年10月15日

「中行説の桑」77

 目を開けたとき、世界は赤かった。
(黄泉路というに、黄色くはないのか)身を起そうとして、首筋に激痛が走った。(痛い!軍臣様、力任せに締められたな。まあ死ぬまで締めたのだがら仕方あるまいが)
 次に、激しい渇きが襲ってきた。(不思議はない。短時間に強い酒を流し込んだのだから・・) ぼんやりとそう思ってから一拍置いて、中行説は跳ね起きた。(私は、本当に死んだのか!)
「お目覚めですか」背後から声がした。
(姚娥様!)
 姚娥の死んだときと同じ白い皮衣に皮袴の狩装束をまとった女人が、皮袋を捧げていた。
「お水です」
「あ、ありがとうございます」一息に飲んで、皮袋を返した。
(違う・・)面差しは確かに姚娥と似ていた。年のころも同じであろう。しかし姚娥ではなかった。
「公主様はどこにいらっしゃいます」
「宦官殿・・」
「ご存知ありませぬか」
 女人は、心配そうに中行説のそばに座り込んだ。
「大丈夫ですか?私が判りますか?」
 確かに見覚えがあった。
「あなたは、いつ死んだのです?」
「死んだ?」
「私は、どうもついさっきのようですが」
 さわさわ・・と桑の葉掏れの音がした。不安げに自分を見つめる女人の顔が、記憶のなかの一つと重なった。
「あなたは・・」
「はい。姚娥様の侍女たちが宿下がりしていた折、しばらくお側に仕えておりました」
(あの隰桑の詩を吟じた・・)中行説に意味ありげなまなざしを送っていた、謎めいた女であった。
(あっ!)女が先ほどから漢の言葉で話しかけ、自分も同じ言葉で応じていることに、この時初めて説は気付いた。(しかも公主様のことをそう呼ばず、姚娥様と・・)
「どうやらまだ私は・・」
「はい、生きておいでですよ」頬を夕陽に染めて、女は笑った。「太子も、最初は本気で締められたそうで。心配いたしました。息が詰まって間が空いて蘇生すれば、心が赤子になってしまうこともあるようですから」
(どういうことだ?)
「姚娥様が亡くなってから、あなたは死の鬼神に魅入られてしまった・・と太子はおっしゃいました」
「死の鬼神・・」
 そうかもしれぬ、と思った。



Posted by 渋柿 at 08:08 | Comments(2)
この記事へのコメント
この間の抜けた所が良いんですよ。
Posted by 昏君昏君 at 2009年10月15日 10:49
まったくです、ニクめません。
Sokogakawaii・・・・
Posted by 渋柿渋柿 at 2009年10月15日 13:08
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