2009年10月08日

「中行説の桑」58

「冒頓単于様の狩を、再現してごらんになりましたので?」我慢できず、説はきいた。
「おう、わが兵たちもかなり芝居っ気があってのう、初めてにしてはよくできたぞ」
「芝居っ気・・」(祖父と曽祖父の悲劇を、芝居にしたというか)
 繰り返し述べたように、軍臣の父老上単于のその父、冒頓単于は東方の東胡西方の月氏、更には長城を越えて秦・漢帝国をも凌駕し、匈奴の勢力圏を最大にした。冒頓は父頭曼単于の太子であったが、頭曼は愛妃が生んだ弟にあとを継がせたいと思うようになった。そこで冒頓を月氏への人質に出し、然る後にこれを攻撃したのである。当然人質の冒頓は殺され、愛児をその後釜に据えられるであろうという、実父とも思えぬ謀略であった。 だが冒頓は月氏の駿馬を奪い、単身脱出した。その武勇には頭曼も一目置かざるを得ず、この父子は冷戦状態のまま数年を過ごした。
「殺さなければ、殺される」と、この時冒頓は思い定めたらしい。 冒頓は月氏の地で、鳴鏑の作り方を習得していた。彼は部下に、「自分が鏑矢で射たものを、総ての者もまた射よ」と厳命を下した。その言葉通り、狩の場で冒頓が射ると、部下もすべて矢を突立てて獲物を蝟とした。
 ある日、冒頓は自分の愛馬を鳴鏑で射た。一人の兵が躊躇して射なかった。冒頓はすぐさま彼を斬って捨てた。次には、愛妃を鏑矢で射た。「あんまりだ」と思ったのか、また一人の兵が矢を射なかった。冒頓はものもいわずその首を刎ねた。 ゆえに父単于頭曼の愛馬を鏑矢で射たときには、部下全員は躊躇なく続いて矢を放った。
 そこまで準備をした後、狩の場で冒頓はついに父に鏑矢を射込んだ。匈奴の頭曼単于は、蝟のごとく全身に矢を浴びて斃れた。継母と幼い弟も、冒頓によって殺された。こうして冒頓単于は、力で単于(匈奴の王)の地位を奪い取ったのである。
「その芝居とは・・あまりよき趣味とは思えませぬなあ」(悪ふざけだ)と、中行説は思った。
「そういうな、これくらいせねばあの狒々親父には脅しにならんでなあ」
「狒々親父・・」
「わが母初め子を生ませた妃嬪は六人、そのほかにも穹廬(常置の天幕)を与えておる女人は五指にあまるそうな。今は儂より若い須卜氏の女に首っ丈でなあ。公主が割り込む隙が、さてあるかどうか」
「左様で・・」
 竇皇后の他現在は側室の慎夫人一人を置くくらいの文帝の後宮とは、比較にならぬ賑やかさである。



Posted by 渋柿 at 15:22 | Comments(0)
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