2009年10月04日

「中行説の桑」49

「なぜ、助かったのです」
「劉恒殿がなあ、二度と自分や娃の前に姿を現すな、代の地も踏むな、姿を現したら今度こそ殺すと・・放して下された」
「陛下らしい」
 まことに史書に「仁孝寛厚」と記され、孔子の高弟の曹子や三国江夏の孟宗らと共に二十四孝子に数えられる漢の文帝劉恒であった。
「まったく面白いお方よ。その前に一度だけ義弟として共に飲もうと、牢の中に馬乳酒と干肉をもってみえた。なあに、強い酒で酔わせて色々と口を割らせるというのは匈奴の手口、乗るものか。こちらにも間諜の意地がある。返り討ちよ。酔っ払ったのは義弟殿でなあ。しまいにゃあべろべろになって『叶うことなら母も后も国も捨てて、娃や姚娥と三人、長城の外で暮らしたい』などと。できるわけがない。仮にも高祖皇帝の皇子が。劉恒殿は泣き上戸じゃった。『広い草原で羊を飼い、狩をし、惚れた女とその子、自由に暮らせたらどんなによいか』と目の前で泣かれて・・困ったぞ。敵の間諜に愚痴をいってどうせいというのじゃ、全く」
「陛下の、本音だったと存じます」
「酔って本音が出るのは、善人の証拠じゃ」
「善人・・」
「姚娥を今匈奴の地に送られたは、これからも共に天を頂いていこうという劉恒殿のお気持ちだと・・信じたいな」
「私は信じております。陛下は渭水まで、公主様を見送られました。折柳をはなむけに」
(それに、公主様ご自身が最初に匈奴に嫁ぐ決心をなさったのだから)
「劉恒殿らしい。だが皇帝一人が漢の国を作っているわけでもないからなあ」
「それは、そうですが」
「漢こそ中華の国、長城の外の民はそれにひれ伏すべきだというのが、漢の国の大多数の考えであろう」
「はあ・・」
「匈奴は匈奴で、漢の国で一番優れたものも、匈奴の一番劣った人間よりなおお劣る、くらいに思っておる」
「一緒に酒でも喰らえば、同じ人間であるとわかりましょうに」
「ふっ」蘭牙は中行説を見て、意味ありげに笑った。「生酔い、本性に違わずと申すよなあ。昨夜は、太子を相手に大分な放言だったそうではないか」
「恥じ入ります」
「お前も姚娥に惚れているそうな」
「えっ」
「覚えておらぬのか?」
「はあ、匈奴の衣食について太子に絡んだことまでは覚えておりますが・・私、そんなことまで口走っておったのですか」
「おう、公主様を不幸にするは絶対に許さん、匈奴の単于だろうと数万の騎兵だろうとこの中行説がお相手いたす・・とものすごい勢いだったそうだぞ」
(あちゃちゃ・・)まったく記憶にない。



Posted by 渋柿 at 17:43 | Comments(0)
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