2009年10月03日
「中行説の桑」46
「天幕、こちらのか?」
「あまり動かさぬほうがよい。太子、お手数じゃが漢の宿営に、事情を話してきてくだされ。そうじゃ、姚娥の看取りに侍女を伴ってきてくださればありがたい。説と天幕に運んでおく」
「わかった」軍臣は漢人の宿営へ走り出した。
(まこと、匈奴の后族じゃな)恐れ気もなく、太子に指図している。説も、今は「酪の小父さん」が紛れもなく「太子の生母の一族にして単于直属の秘密間諜」であることを納得した。
「手伝え」蘭牙の指示は説にもとんだ。「雪豹ごと、姚娥を天幕へ」
「はい」
姚娥公主を天幕の内に横たえると、蘭牙は獣脂の灯明に火を入れ、その枕元に置いた。蘭牙は説に、先ほど外した姚娥の耳飾りを渡した。
「説」
「はい」
「儂と姚娥のこと、知りたいか」
「・・はい」
公主の本名はおろか、その生母のことも知っている。きっと蘭牙は現文帝、かつての代王劉恒とも深い関わりがあるに違いない。
「命に関わるかも知れぬぞ」よほど重大な秘事らしい。
「宦官の定めでございます。知りたくないととさえ知ってしまう。ましてや公主様のこと、是非とも承りたく・・」
「そうか」蘭牙は薄く笑った。
「儂は漢兵にも太子の家来にも姿は見せられぬ。・・空の玄天は、判るな」
「はい、北極の不動の星ですな」
「儂はここから、玄天の方に四里(一・六キロメートル)のところに馬を繋いでおる」
「北に、四里・・」
「侍女に娥姚の見取りを任せたら、そっと来てほしい。・・もっと娥姚と話をしたかったのだが、それも叶わなかったな」
「蘭牙様、一体あなたは公主様の・・?」
「伯父だよ。儂の妹が代王劉恒・・今の漢の皇帝との間に生んだのが、この姚娥でな」
「え、公主様は陛下のご実子ですと」
「皇帝と燕王と儂・・しか知らぬことであったがな」
(それで・・か)酪を好むその嗜好は、遊牧の民の血であった。
「あまり動かさぬほうがよい。太子、お手数じゃが漢の宿営に、事情を話してきてくだされ。そうじゃ、姚娥の看取りに侍女を伴ってきてくださればありがたい。説と天幕に運んでおく」
「わかった」軍臣は漢人の宿営へ走り出した。
(まこと、匈奴の后族じゃな)恐れ気もなく、太子に指図している。説も、今は「酪の小父さん」が紛れもなく「太子の生母の一族にして単于直属の秘密間諜」であることを納得した。
「手伝え」蘭牙の指示は説にもとんだ。「雪豹ごと、姚娥を天幕へ」
「はい」
姚娥公主を天幕の内に横たえると、蘭牙は獣脂の灯明に火を入れ、その枕元に置いた。蘭牙は説に、先ほど外した姚娥の耳飾りを渡した。
「説」
「はい」
「儂と姚娥のこと、知りたいか」
「・・はい」
公主の本名はおろか、その生母のことも知っている。きっと蘭牙は現文帝、かつての代王劉恒とも深い関わりがあるに違いない。
「命に関わるかも知れぬぞ」よほど重大な秘事らしい。
「宦官の定めでございます。知りたくないととさえ知ってしまう。ましてや公主様のこと、是非とも承りたく・・」
「そうか」蘭牙は薄く笑った。
「儂は漢兵にも太子の家来にも姿は見せられぬ。・・空の玄天は、判るな」
「はい、北極の不動の星ですな」
「儂はここから、玄天の方に四里(一・六キロメートル)のところに馬を繋いでおる」
「北に、四里・・」
「侍女に娥姚の見取りを任せたら、そっと来てほしい。・・もっと娥姚と話をしたかったのだが、それも叶わなかったな」
「蘭牙様、一体あなたは公主様の・・?」
「伯父だよ。儂の妹が代王劉恒・・今の漢の皇帝との間に生んだのが、この姚娥でな」
「え、公主様は陛下のご実子ですと」
「皇帝と燕王と儂・・しか知らぬことであったがな」
(それで・・か)酪を好むその嗜好は、遊牧の民の血であった。
Posted by 渋柿 at 10:36 | Comments(0)