2009年09月30日

「中行説の桑」40

「はい。匈奴のため、素晴らしき手土産をご用意くださったと・・酒を強いて中行説の口を割らせました」
「中行説を飲み潰すなど、赤子の手をひねるようなものだったでしょうね。でも、その蚕はみな、死んでしまいました」公主は、悲しい目をした。
「しかし、わが父の妻となるお覚悟、はっきりわかりました」
 漢兵の天幕の辺りから、にぎやかな声が聞こえ始めた。
「お人払い、なさいましたのね」
「実は・・公主様に引き合わせたいものがおりまして」
「引き合わせたいもの?どなたであろう」
 軍臣はすぐには答えず、しばらく空を見ていた。十六夜の月の光にもかかわらず、大河のさざ波のように星が瞬いている。
「今しばらくお待ちください」
「太子は星を読まれるのか」思わず説は、裏返った声を挙げた。
 星や太陽月の運行で季節時刻を知る知識は、漢の宮廷でもごく一部のものしか知らぬ。
「いえ、待ち人は読星に習熟しておりますが、私はその者に初歩を習っただけで。火曜(火星)が沈む頃、ここに参ることになっております」
 宿星(恒星)は一日でほぼ元の位置に戻ってくる。だが火曜・太白星(金星)や箒星(彗星)の出没運行は甚だしく不規則である。その不規則さに「天」の意思が顕われると信じた古代中国では、惑星の習合や彗星の出現を観測し、それを予測する天文学の萌芽があった。だが、その知識は漢でも宮廷の大史と呼ばれる専門集団が独占している。
 軍臣は、その知識で「引き合せたい者」が、ここに現われる時間をあらかじめ定めていたのだ。驚くべきことであった。
「漠北の単于の許から来られるのですか?」
「いいえ、その者は獏縁からずっとわが隊と、付かず離れず動いております」
「なぜ一緒に動かれぬので?」
「事情がございまして、その者は日常身を窶して暮らしております。その真の姿を知るは父単于と我のみ。我の家来初め何人も、知ってはならぬことなのです」
「そのお方は間諜ですね」公主がいった。



Posted by 渋柿 at 07:49 | Comments(0)
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