2009年09月29日
「中行説の桑」38
「なにをお話です?」
「いえ、この者は昨夜の馬乳酒が効きすぎて、肉が食えぬのだ、と申しました」
「昨夜は説がご迷惑をお掛けしました。太子も一緒に聞こし召されたとか。お障りはなかったのでしょうか」
「はい、私は一口二口舐めただけで・・皮袋いっぱいの酒はすべて、中行説に飲まれてしまいました」
「まあ」公主は説を軽くにらんだ。
「申し訳もござりませぬ。この者根は小心なのですが・・」
「小心?いやいや大分大胆なことを申しましたぞ」
「中行説が大胆とは・・どのような」
「太子!」哀願の声で説はさえぎったが、軍臣はニヤリと笑って続けた。
「匈奴の乳や酪や肉に毛皮は、漢の食物や絹よりこの地に適しずっとすぐれておる、と」
「まあ」
「漢の一郡に及ばぬ人数で漢を兄事させているのは匈奴の衣食を堅持しているからだ、となあ・・大変な鼻息でした」
それから、家来達にまた匈奴の言葉で話しかけた。今の内容の翻訳らしい。家来達は歓声を上げて立ち上がった。次々に説に近付いて手を握り、肩を叩く。漢の宮廷から来た宦官が匈奴の衣食と暮らしを褒めたのが、よほど意外でもあり、また嬉しかったのであろう。
手に手に皮袋を持って説と乾杯しようとする。
(冗談ではない)
軍臣が、
「この者は二日酔いで苦しんでおるのだぞ」というふうに身振りを交えて執成し、やっと説は大量の献杯を免れた。
「呆れました」
「いえいえ公主様、まこと得がたい言葉。父単于に、この中行説の言葉を漠北だけでなく全匈奴に布告するよう勧めまする。和蕃公主の傳役、燕人中行説の助言として」
「もうご勘弁ください。弄らないでくださいませ」
「弄ってははおらぬ」
確かに、軍臣は宴席の座興で済まさなかった。数ヵ月後老上単于は本当に、右の触れを「匈奴大単于」として、また「漢の宦官中行説の助言により」布告することとなる。
泣きそうになった説の前に、湯気の立つ羹の器が置かれた。持ってきた男は、しきりに話しかけている。
「羹は最初にそなたが手を付けて欲しい、と申しておる。そなたとなら仲間になれそうじゃ、と。公主、かまいませぬな」
「もちろんです。中行説、折角のお志です。いただきなさい」
「はい・・」
おずおず、説が器に口を付けると、家来達が一斉に手を叩いた。それから、大鍋の羹は、公主、軍臣の前にも置かれ、家来達もめいめい自分の碗を持った。
「いえ、この者は昨夜の馬乳酒が効きすぎて、肉が食えぬのだ、と申しました」
「昨夜は説がご迷惑をお掛けしました。太子も一緒に聞こし召されたとか。お障りはなかったのでしょうか」
「はい、私は一口二口舐めただけで・・皮袋いっぱいの酒はすべて、中行説に飲まれてしまいました」
「まあ」公主は説を軽くにらんだ。
「申し訳もござりませぬ。この者根は小心なのですが・・」
「小心?いやいや大分大胆なことを申しましたぞ」
「中行説が大胆とは・・どのような」
「太子!」哀願の声で説はさえぎったが、軍臣はニヤリと笑って続けた。
「匈奴の乳や酪や肉に毛皮は、漢の食物や絹よりこの地に適しずっとすぐれておる、と」
「まあ」
「漢の一郡に及ばぬ人数で漢を兄事させているのは匈奴の衣食を堅持しているからだ、となあ・・大変な鼻息でした」
それから、家来達にまた匈奴の言葉で話しかけた。今の内容の翻訳らしい。家来達は歓声を上げて立ち上がった。次々に説に近付いて手を握り、肩を叩く。漢の宮廷から来た宦官が匈奴の衣食と暮らしを褒めたのが、よほど意外でもあり、また嬉しかったのであろう。
手に手に皮袋を持って説と乾杯しようとする。
(冗談ではない)
軍臣が、
「この者は二日酔いで苦しんでおるのだぞ」というふうに身振りを交えて執成し、やっと説は大量の献杯を免れた。
「呆れました」
「いえいえ公主様、まこと得がたい言葉。父単于に、この中行説の言葉を漠北だけでなく全匈奴に布告するよう勧めまする。和蕃公主の傳役、燕人中行説の助言として」
「もうご勘弁ください。弄らないでくださいませ」
「弄ってははおらぬ」
確かに、軍臣は宴席の座興で済まさなかった。数ヵ月後老上単于は本当に、右の触れを「匈奴大単于」として、また「漢の宦官中行説の助言により」布告することとなる。
泣きそうになった説の前に、湯気の立つ羹の器が置かれた。持ってきた男は、しきりに話しかけている。
「羹は最初にそなたが手を付けて欲しい、と申しておる。そなたとなら仲間になれそうじゃ、と。公主、かまいませぬな」
「もちろんです。中行説、折角のお志です。いただきなさい」
「はい・・」
おずおず、説が器に口を付けると、家来達が一斉に手を叩いた。それから、大鍋の羹は、公主、軍臣の前にも置かれ、家来達もめいめい自分の碗を持った。
Posted by 渋柿 at 07:58 | Comments(0)