2009年09月28日
「中行説の桑」36
十六夜の月が草原の果ての地平線に昇るころ、中行説は公主に従って軍臣太子の天幕を訪れた。
(疲れておられる)公主の、密やかなため息を初めて聞いたのは、この時だった。心なしか、歩む足取りがあやうい。
(無理もないが・・大丈夫であろうか)中行説は、招きに応じるほうがよいと勧めたことを、少し悔いた。(だが、このお姫様のこと、年上の継子に気後れなどなさるまいしなあ)
公主は赤い絹の袿裳をまとい、あの漢の文帝に贈られた翡翠の耳飾りを着けてきた。
草原。薤(にら)に似た白い花が、細長い葉と共に風に揺れる。
公主一行の宿営から一里(漢里・約四百メートル)ほど先に、匈奴のフェルトの天幕が張られている。
「天幕へ招く」といっても、草原の夜の宴である。天幕の前に大きな焚き火が燃え上がり、その傍らには大鍋の掛かった竃が作られていた。焚き火の正面には見事な毛皮を敷いて、公主の席が設えられている。
「これは・・」中行説は、息を呑んだ。
輝く銀色の中に漆黒の斑を散らした長い冬毛であった。
「おおもしや、これがあの名高い雪豹では」公主も目を見張る。
「よくご存知で」軍臣太子は、叩頭して公主を雪豹の上に導いた。
「ここよりももっと北、高い山に住んでおります」
風が起こり、焚き火の炎が燃え上がった。正面の公主の顔をまともに照らす。
軍臣の表情が、まぎれもなく公主の美しさに対する賛嘆に溢れているのを見て、中行説は満足であった。
公主は無論のこと中行説も、実物を見るのは初めてである。雪豹を狩るのは容易ではない。客をその毛皮に迎えるのは、匈奴では最高の礼遇と聞いていた。
「美しいこと」毛皮に座した公主は、膝の辺りを掌で撫でた。
(似合っておられる。この姫は、まるで雪豹の上に座すために生れてこられたようだ)
「お気に召しましたか」軍臣は、白い歯を見せる。
(疲れておられる)公主の、密やかなため息を初めて聞いたのは、この時だった。心なしか、歩む足取りがあやうい。
(無理もないが・・大丈夫であろうか)中行説は、招きに応じるほうがよいと勧めたことを、少し悔いた。(だが、このお姫様のこと、年上の継子に気後れなどなさるまいしなあ)
公主は赤い絹の袿裳をまとい、あの漢の文帝に贈られた翡翠の耳飾りを着けてきた。
草原。薤(にら)に似た白い花が、細長い葉と共に風に揺れる。
公主一行の宿営から一里(漢里・約四百メートル)ほど先に、匈奴のフェルトの天幕が張られている。
「天幕へ招く」といっても、草原の夜の宴である。天幕の前に大きな焚き火が燃え上がり、その傍らには大鍋の掛かった竃が作られていた。焚き火の正面には見事な毛皮を敷いて、公主の席が設えられている。
「これは・・」中行説は、息を呑んだ。
輝く銀色の中に漆黒の斑を散らした長い冬毛であった。
「おおもしや、これがあの名高い雪豹では」公主も目を見張る。
「よくご存知で」軍臣太子は、叩頭して公主を雪豹の上に導いた。
「ここよりももっと北、高い山に住んでおります」
風が起こり、焚き火の炎が燃え上がった。正面の公主の顔をまともに照らす。
軍臣の表情が、まぎれもなく公主の美しさに対する賛嘆に溢れているのを見て、中行説は満足であった。
公主は無論のこと中行説も、実物を見るのは初めてである。雪豹を狩るのは容易ではない。客をその毛皮に迎えるのは、匈奴では最高の礼遇と聞いていた。
「美しいこと」毛皮に座した公主は、膝の辺りを掌で撫でた。
(似合っておられる。この姫は、まるで雪豹の上に座すために生れてこられたようだ)
「お気に召しましたか」軍臣は、白い歯を見せる。
Posted by 渋柿 at 07:24 | Comments(2)
この記事へのコメント
雪豹、今は絶滅危惧種ですね。
Posted by 昏君
at 2009年09月28日 11:14

「朱鷺色」の羽のトキと同じ、あまりに美しい毛皮ゆえに・・・生き延びてほしいものです。
Posted by 渋柿
at 2009年09月28日 13:22
