2009年09月07日

「中行説の桑」9

「前の前の王様は、幼馴染なのに高祖様に疑われて、そちらの国に逃げたしなあ。次の王様はご自分と跡継ぎと続けざまに急に亡くなって、今は皇太后様の一族ばかりが王様さ」
「漢ばかりじゃないぜ、内輪揉めは。今の匈奴の単于はなあ・・大きな声じゃ言えない話なんだが・・実の親父様と弟とその産みのお袋さんを殺して地位を奪ったんだ」
「へえ、そうなのかね」
「それくらい猛々しくなけりゃ、草原や砂漠で人を束ねられんってこともいえるがね。まあ、この冒頓単于が月氏を西に追い払って、漢の高祖様ぁ命からがら逃げる目にあわせて、長城のぎりぎりまで漢に迫るほどになあ、匈奴の力を強くしたんだがね」
「物騒な単于だなあ。漢と似たり寄ったりか。この国と・・まあ代を間に挟んじゃいるがねえ・・隣国の趙の前の前の王様は、高祖様の一番のお気に入りだったって言うんだが、そのお袋さんもろとも呂太后様にそれは惨く殺されたそうだよ。で、その次の王様は都に呼び出されて干し殺されたそうだし」
「高祖様のお子で、無事なのは代の王様くらいかねえ。国が一番匈奴に接してるな。俺も昔は代にも酪や毛皮持ってったし」
「そうさ、今の王様は高祖様の四番目のお子様さ。親子とも賢明に身を処してらっしゃって、今でも過ごしてらっしゃるよ」
「代王はおっとりしてらっしゃる。代の長城の警備は燕ほど厳しくないしねえ、行き来もずっと多いよ。漢の王の中で、評判の悪くないのはこの人ぐらいだ」
「そりゃ、光栄だねえ」
 少量の酒精で舌も滑らかにまるで隣の人間との世間話のように、自称春秋晋の重臣中行桓子の末裔と、羊皮を纏った匈奴の男は語り合う。
「長城を挟んでにらみ合って、小競り合いするのは将軍様や王様達。どうか揉め事起して下さるな、とこちとら下々は・・祈るしかないのかねえ」
父は久しぶりの酒の酔いが快いらしい。自分達で醸す黍の酒は、うすきで蒸留して酎とし、蚕小屋を消毒する大事な物である上に、飲用にはあまり適していない。
「いっそ代の王様が漢の皇帝になったらいいのに。なあ中行さん」
 一瞬頷きかけて、父は首を振った。
「おっと、それを漢人の俺がいえば下手すりゃ謀反人だ」
 現在の漢の皇帝は、呂太后の子、恵帝の遺児とされている幼帝である。無論、実権は太后にある。現にこの地も、劉氏の血を引く王子が暗殺され、呂后一族の呂通が燕王となっている。
「お前さん方、すっかり出来上がっちまって。肴もいるみたいだねえ」
 母が、これも絹と替えたばかりの兎の干肉を、少し裂いて男二人に差し出した。
「お前達もおあがり」母は、説達の酪湯の器にも干肉の小塊を配った。



Posted by 渋柿 at 07:22 | Comments(0)
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