2009年09月05日

「中行説の桑」5

「ああ、そいつぁ子供たちに教えたばかりさ。おいお前、隰桑阿たり其の葉妖たり・・て最後まで書いてみろ」父は火箸を長兄に渡した。
「ええ!書けるかなあ」
「間違ったら直してやる」
「はい」長兄は火箸に竈ののススを付け、土間に習ったばかりの「その詩」を書いた。

隰桑有阿、其葉有難、既見君子、其樂如何
隰桑有阿、其葉有沃、既見君子、云何不樂
隰桑有阿、其葉有幽、既見君子、徳音孔膠
心乎愛矣、遐不謂矣、中心藏之、何日忘之

「おお、それそれ。孔子様がいにしえの詩を編まれた中にあるんだってなあ」
(隰桑阿たり其の葉妖たり既に君子を見る 云に何ぞ楽しまざらんや・・)
 中行説も、「晋の六卿の末裔」のいわれを持つ家の子として詩経のこの詩は父から講ぜられている。
「隰辺りの桑は美しく、その葉は柔らかにしげる。こうやってあなたに逢えました。どんなに嬉しいか知れません、か・・。この詩みたいに桑も茂る、家も栄える。良かったな、中行さん」 
 こう続く、詩である。

隰辺りの桑は美しく、その葉はつややかに沃(うるお)う。こうやってあなたに逢えました。どうして喜ばずに居れましょう。

隰辺りの桑は美しく、その葉は小暗く繁っている。こうやって君子にお逢いでき、優しい言葉も聞けました。

心に愛しておりながら、どうしても言葉に言えず、想いを中心に秘したまま、忘れることもないでしょう。

若い娘の切ない恋を歌っている。
酪さんは目を細めて父の肩を叩いた。「完璧じゃないか。賢い息子じゃ」



Posted by 渋柿 at 07:39 | Comments(0)
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